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日立評論社発行の雑誌「ひたち」2005秋号にDiningBarCitaCitaが大きく掲載された。Inspire
the Nextでお馴染みのあの日立だ。私などはその語感から『世界ふしぎ発見』を思い浮かべる程度にしかお付き合いのない世界だが、学術誌のような雑誌に何故CitaCitaが掲載されたかというと、テーマはリノベーション。編集者が「都市の新しいつくり方」をテーマに特集を組まれ、大阪市立大学院助教授の橋爪伸也先生に原稿を依頼された。橋爪先生は「船場発・リノベーションライフ」と題して新しい都市の再生についてご自分の事務所がある船場・本町を中心に具体的な実践をご紹介されたことによる。私ども飲食店からすれば橋爪先生は、ある意味単なるお客様でしかないわけだが、縁あって本町開店直後にご来店頂いたのをきっかけに、現在までしばしばご利用頂いている。
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専門家でもない私はリノベーションという言葉について深くは知らない。古いものに新しい価値や用途を加え、現代的価値やスタイルに再生することをさしているのだとは思っている。今回の特集を読ませて頂きながら、私がインドネシア料理店CitaCitaを本町に移転し開業した時の想いを、建築史家の視点で見事に解説して頂いて、橋爪先生には心から感謝している。オープンまでの経緯はすでに「ドキュメント移転計画」で紹介したが、すでに3年半が経過し、ゴミだめのような廃墟ビルであったことなど私自身ですら忘れかけていたのだが、今回の取材を受けて、改めてこの建物を見たときの興奮、感動が鮮やかに蘇って来た。関心のある方は「ドキュメント移転計画」の表紙に掲載している写真をご覧頂きたい。骨格だけが残り、解体途上で放置され剥ぎ取られたコンクリート壁とその残骸の山、草茫々の裏庭、本当に巨大なゴミでしかなかった建物の現実。
しかし、その廃墟に足を踏み入れた瞬間にまるで映像が流れるように美しいイメージが私の脳裏に映し出されて来たのである。実在する実写と脳裏に流れる映像は私を大きく揺さぶった。この喧騒とした都会のど真ん中の廃墟ビルに、バリのホテルやVillaのような空間イメージがオーバーラップする。驚愕と興奮。その後のことはドキュメントで紹介したのでここでは触れないが、あとはそのイメージを形にすることに追われる毎日が続いた。

まさにリノベーションしたこの建物にどんな命を吹き込むのか?私は当時、本町店のコンセプトを「リアルタイム・インドネシア」と決定した。兼ねがね私は各国料理や専門店と言われるものになんとなく反感を抱くことがあった。その自分の感情はどこからくるのか?おそらく日本人の強烈なステレオタイプに対する反発に由来するのだろう。バリと聞けば民族衣装を纏い、踊ったりガムランを演奏したり、そうでないバリ人は存在しないかのようなステレオタイプだ。ましてやインドネシアという国についてはその国で暮らしたことのある日本人を除いて、全くの具体的情報を持たず、そうでありながらも、おぼろげに貧しく暗い印象を多くの日本人が抱いているということを、すでにそれ以前の3年間、インドネシア料理店の経営から学習させられてきた。私は最近つくづく思うことがある。経済の国際化のスピードは尋常ではない。今や日本の生活は、インドネシアからの天然資材やインドネシアの労働力なしに成り立たないほど深く結び合っている。客観的に経済の視点からみれば、世界中の民族・国家は相互に深く結びつき絡み合いながら現代という時代を形成している。だから実はそこに住む全ての人間もまた相互に関連しあいながらこの瞬間、この現代をともに生きているのである。有機的で流動的でアグレッシブに関係している現代の人間社会を、もっとリアルに感じたいと思い始めていたまさにその頃に、本町店を立ち上げることになった。先進国と言われる私たちが「最後の楽園」と謳われるバリに旅人として訪れ、豊かな自然と今なお継承されている文化に癒され、憧れを抱き、一抹の清涼感を明日の労働の糧としているように、バリの人々も訪れる各国の人々から先進国の人たちの暮らしに憧れ、その考え方に触発され、同時に守るべき物と失っていく物との狭間で悩み苦しんでいるのである。古いものと新しいもの、保守と革新、先進国と発展途上国、個性化と多様化、まさに相対立するものが同時に強く深く引き合っていることこそ現代のテーマであり、地球上のあらゆる人々が同じような苛立ちや悩みを抱いているように思える。
7年前、新しい仕事スタイルをテーマに有限会社しごと総研という、たいそうな名前(笑)の企画コンサルティングの会社を設立したわけだが、ひょんなことからインドネシア料理店もはじめることになり、2年前からは西区立売堀でチーク家具店(DesignGalleryCitaCita)も開業することになった。一介の旅行者でしかなかった私が今ではインドネシアと深い関係を持つに至っている。全ての商品はインドネシアからの直輸入だが、しかし私の中では、その家具屋もやはりバリ雑貨店でもアジアン家具店でもないのである。新しい生活スタイルを提案する一つのビジュアルな実態的存在なのだ。
DesignGalleryCitaCitaもまたあの界隈ではその古さで有名な立売堀ビルディングの1階南角にある。戦前は銀行だったそうだが、最初に物件を見たときは、社名は忘れたが、ねじやハトメなどを販売する会社が入っており、天井まで商品の箱が所狭しと積まれていた。構造は1階と地階のメゾネットタイプで地下には通路の両脇に小さな部屋がたくさんあった。その部屋のドアを取り払い一体化することで、小部屋はまさに家具のショウルームにはうってつけだ。しかもあまりの古さゆえ塗り壁もところどころ剥がれているのだが、それが古木チークを再生した家具の展示には最高のバランスを与えてくれている。いまだ人の手とわずかばかりの道具で、上半身裸になり炎天下のインドネシアで家具職人がつくるチーク家具。それが現代の私達の生活にゆとりと癒しを与えてくれているのである。しかもその古木はかつてのジャワの家屋や家具、寺院のドアや解体した船から再生されているのである。そこには様々な人々の労働と暮らしの結実があり、まさに人間社会の過去の財をそのまま頂戴していると実感できる。 |
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もともとチーク家具は好きではあるが、自分がこの仕事を始めたおかげで色々な勉強をする機会を得た。日本人にとってチークという木は馴染みが薄い。昔の人は線路の枕木としてどこかにイメージがあるかも知れない。あるいは一部ハイレベルのヨーロッパ家具としての印象をお持ちの方もおられるだろう。また現代ではガーデニングファニチャーとしてパラソルつきのテーブルセットをイメージされる方もいるだろう。
チーク材は世界で一番硬くて重い木材で、しかも油の含有量がとても多い木材だそうである。そこで風雨にも負けない性質が船や屋外家具として重宝されてきた歴史がある。また油が多いという性質から、ニスやペンキがのりにくく、結果オイルフィニッシュという手法が編み出され、今日ではナチュラル家具の代表格となっている。しかしそうだからこそ扱いは容易ではない。とりわけ気温も湿度も変化し四季のある日本で無垢のチークを扱うのは難しい。反りや割れが起こりやすいからだ。 |
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チークは処女木より古木のほうが高値で取引されるのもこの点にある。チークと言っても産地でその価値は大きく変わる。最近日本でも多くみられるタイ産のもののようにそれほど硬くないものもある。インドネシア国内でも産地で価値が変わり、密度が高く硬いものは値も高く、さらに乾燥が行き届き密度が一層高まった古材は最も高い値で取引される。100年以上経過しているもののあり、その古木チーク材で再生された家具は軽く、しかもチーク油がしっかり表面を保護し、いい色艶を出している。隙間や割れを修理するためには蜜蝋が使われる。安上がりなパテで埋めることもできるが、チークは生きているので一旦起こった割れや隙間が2〜3年すると自然に塞がれたりするため、蜜蝋を使用するほうがより安全だからだ。最近では無垢の家具用にオレンジオイルが日本でも売られるようになってきたが、このオイルも単に表面の艶出しだけを目的にしているのではなく、チークの乾燥を防ぐとともに、木本来が持っているチーク油を表面に誘発しチーク自身が庇護幕を形成することを助ける目的で使用されている。そのためには植物性100%天然油脂なら何でも良いというものだが、ごま油では匂いが部屋中充満するし、オリーブ油では値が張りすぎてもったいない。残り香が爽やかなオレンジオイルが適当なのも分かる。
最近は新建材の匂いに辟易し、チープな工業製品より癒される無垢の家具を求めてお客様は来店されるのだが、長年、合板家具に慣れ親しんできた生活スタイルまで変えなくてはいけないということに、すぐには気づかない。反りや割れが一時的に出てきても、2〜3年様子をみてくださいと説明するには力がいる(笑)。オレンジオイルは天板だけではなく引き出しや板の裏まで時々は塗ってくださいとか、湯飲みなどの輪染みも何年かするとチークそのものに内包され独特の風合いをもたらしますよとか、それはそれは気の長い、手間・暇かかるお話ばかり(苦笑)・・・。まさに無垢の家具は経年変化するものであり、それが味わいであり、その変化を人生とともに楽しんでこそ価値があるという、ある意味当たり前のことなのだが、いざ扱うとなると便利さが優先される。
古いものに新しい価値や用途を与え再生するというリノベーションに共感する若者は増えてきている。嬉しいことだ。同時に消費者としても生活者としても自分の生活スタイルを変えなくてはいけないことに、ぼちぼち気づき始めている人たちも少なからず存在する。ある程度の不便や忍耐と共存するからこそ、得られるものがあり、それなしにイノベーションは難しいのである。実際、DiningBarCitaCitaはかつて問屋街アーケードであったわけだから、リメイクしても風はどこからでも吹き込んでくるし、雨だって時々は店の中に入ってくるのである。まさに自然を感じられるお店なのだ(笑)。しかも吹き抜けのアーケードを店舗にしているので、光熱費は半端じゃない(笑)。しかしそうだからこそ、本町に癒し空間を提供できているわけで、単なる机上のデザインだけでは絶対に得ることのできない、時代を経過してきた「くうき」を引継ぎ育てることこそ、現代の私たちに大切なことであり、また探し求めているものではないかと思う。それには、予定外の経費や手間や時間がかかるのも当然で、それこそが付加価値というものだろう。大量生産・大量消費のあとに到来しつつある新時代は、生産者だけが価値を創造するのではなく、生活者自身もまたその生活を通して付加価値を創造する時代なのかも知れない。消費するだけの消費者から豊かに生活するための生活者へ、同時にまた生産者も生活者であるというパラドックスな時代へ移行しているのではないだろうか。
2005年11月25日
高木典子