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Dining Bar CitaCita
(インドネシア料理店)
Design Gallery CitaCita
(チーク材家具店)
Arts & Crafts CitaCita
(アート作品ネットショップ)
 

2.ことのはじまり

もともとcitacita長堀店はロケーションが悪い。当初、資金のない私にとって交流できる席数が確保できて手が届く店がここだったのだが、回りの環境はいよいよ悪くなっていくような気がする。当初予想した「クリスタ長堀」からの長堀通東方向への導線が伸びず、また松屋町商店街の低迷もあり、周囲の環境は飲食事業を継続する上では非常に厳しいものとなっている。長堀通に面しているが夜はもとより昼も通行人は疎らだ。多くの常連さんは、まさにciatcitaに来るためにだけ、ここまで足を運んで頂いているわけで本当にありがたい限りだ。そういうなかにあって本年4月に取引銀行でもある大和銀行松屋町支店から閉店の通知が届けられた。昭和22年創業の由緒ある松屋町支店が営業終了する事態に陥ったことは、すでに2年前のさくら銀行の撤退、隣りの大阪信用金庫の閉店とあわせて松屋町商店街の低落を決定付けることになるであろうことは想像に堅くない。これ以上この立地で飲食事業を継続することは当店の性格からみても発展が見こめないことはいよいよ明らかになった。

 3末決算の当社は2001年度の厳しい数字と向き合わなければならない事態となり、4月頃の私の日記には、店を閉店するか移転するか、その迷いが綴られている。いくつかインターネットで物件も見ていたが、中心街である程度の席数を確保し、今より良い条件で経営するためには、やはり先立つ資金が3,000万は最低必要だ。なぜなら今の店は「いぬき」だったので、移転するなら厨房器具やエアコンなどの什器・設備を一から用意しなければならないからだ。資金調達は厳しいし、借りても返していけるかどうかおぼつかない。
 そうこうしているある日、忘れもしない5月2日の午後3時、弟からの1本の電話が私の人生を変えることになる。本町に大きな物件があるらしい。一度は別のエスニック料理店が契約予定だったが、資金調達できずに流れたことがその日の朝に判明したとのこと。他にもこの物件を希望する飲食店があるので、もし私が希望するなら今すぐ動かないと無理とのこと。とにかくすぐに物件を見に行く。見てびっくり!なんと本町駅から1分の好立地のうえ、75坪の土地に2階建ての廃墟ビルと広い庭がある。都会に置き忘れられた癒しの空間。しかし高そうだ。どうする…?時間がない!こうなったら駄目もとで、あたって砕けろだ。動いてみる価値はある。慌てて現金50万を用意してまずはオーナーに会う手筈をとることにした。

 賃借料は1棟貸しで坪2万円を切っている。保証金もビルがすでに半分以上解体が進んでいるため思ったよりは安い。手が届くかも知れない。吹きぬけの廃墟ビルがまさにバリスタイルの空間を演出するのに逆に効果的なのだ。頭の中で空間イメージが次々と膨らんでいく。こうなったら"女は度胸"(?!)まずはわずか50万円ながらも現金を持ってきたのだから契約交渉をする。結果は手付金として現金を受け取って貰えた。あとは資金調達できるどうか…ひとえに私個人と3年間のCitaCitaの信用、さらには物件の価値にかかっている。連休返上で事業計画書を作成し、翌7日の火曜日から勢力的に走り回ることと相成った。翌々週には信用保証協会に融資申請という超スピードで対応すると共に、建築デザイナーの権藤さんにデザインを依頼。不安や焦りを感じながらも、精力的に前だけを見て走り回った2週間。あとは融資の結果待ちである。祈るような日々が続く。どう低く見積もっても普通は5500万から6000万円は必要だ。なんとかバリから資材や備品を調達して、あとは内装企画の弟に一肌脱いでもらって工事費削減に協力して貰っても5000万は下らないだろう。融資満額下りても自己資金がまだ足りない。まったくもって、こんな大きなプロジジェクトを始めることになろうとは…。融資が決定するまでは誰にも話さない積りだったが、やはりコック長のMURだけには言っておこう。MURはあまりにも大きな物件で最初は驚いたようだったが、意欲的な表情は見て取れた。MURの精悍な表情をみて、やはり私は"頑張らなくっちゃ"と強く感じた瞬間だった。

 5月末日、融資が決定された。もう後戻りはできない。その日からは、息つく暇がない日々が続いている。そう〜私達のCitaCita(夢)実現にむけての毎日が始まったのである。

 

 

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