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「ガムランの話」などというタイトルをつけてしまって、あとで後悔している。私はガムランについてなんの見識もない。期待された方には申し訳ないが、この話は単にバリの私のスタッフについて書いた話にすぎない。ただ今回、いつも仕事をしてくれているスタッフの一面を見て、興味が沸いたので、その話の一端を紹介してみたくなった。

CitaCitaのバリのスタッフ、I MADE EKA PUTRA(写真左)はガムランの有名な奏者でもある。今、彼は6月16日から始まるバリアートフェスティバルの準備に忙しい。
このフェスティバルは1ヶ月間、デンパサールのアートセンターで毎年開催されている。バリ舞踊などの伝統芸能が披露されるだけでなく、ガムランの分野では村ごとから参加してその技を競い合う。最優秀チームには250,000,000rp日本円で約300万円の賞金が与えられるばかりでなく、バリ人にとって優勝することは大変な名誉でもある。EKAがリーダーであるダルマ・ブダヤのガムランチームは昨年も優勝しているので、フェスティバルが近づくにつれ、いよいよその興奮がピークに達している。

ガムランは本来、村ごとにグループが形成され、村の儀式や祭りのために演奏される音楽隊であり、どこの村でも青年たちが集まって練習している。30年前ごろから観光客にもガムランを演奏するようになった。またここ数年前からはティルタサリ、チャダウダヤなど一部村の所属から離れたプロのガムラングループも形成されてきたが、それはバリのガムランのまだ少数である。ガムランはヒンドゥの儀式とセットされた音楽のため、昔からの曲を演奏するのが通常だが、同時に新曲も毎年作曲されている。このアートフェスティバルでは、新曲の発表や古い曲のアレンジなどで技が競われる。

スハルト退陣から始まったインドネシアの新しい潮流レフォルマシの中で、バリのこのアートフェスティバルの競技には、3年前からプロは参加できなくなった。各村のガムランを育成するとともに、伝統芸能を若い世代に引き継ぐことを目的にしているようである。バリ全域では60ほどのガムランチームがあるが、1ヶ月前から始まっている予選で多くは敗退する。アートフエスティバルに参加できるのは勝ち残った16チームのみである。

Ekaが所属するDharma Budayaはギャニャール県のBuluan Blahbatu村のチームで、代表はEka, 副代表はSumar Dianaさんである。Ekaの実家はUbudにあるので、初めはUbudのガムランチームsumarajatiに所属し、結婚してBlahbatuに転居したので、今のグループに所属するようになって12年。2年前からダルマ・ブダヤの代表をしている。またこのチームの先輩には、有名なArusanaさんが顧問格で控えている。新曲はEkaとArusanaさんによる共同制作である。
 昨年、優勝したときに演奏したのは彼らが作曲したLekesanというタイトルの曲で、今年も優勝を狙って今必死で練習しているのがPepunggelanというタイトルの新曲である。デモテープを聴かせてもらったが、45分の大作で、珍しいメロディやリズムが取り入れられており、ドラマティックだが繊細な感じをうける曲であった。ところでPepunggelanというタイトルはどういう意味なのか?

 タイトルは戦いを意味しているが、曲で表現されているのは戦の場面ではなく、戦いが始まる前の人々の感情を表している。戦いは避けたいが、どうしても村や家族を守るために戦わなければならなくなった。いよいよ戦の日が目の前に迫ってくる。高揚する戦闘意欲、同時に家族を残していく悲しみや不安、恐れの気持ちに揺れる、いくさの前の、人々の心の動き、微妙な感情が見事に表現されている。
 この曲はどんな風に生まれたのか?とても興味があったのでEkaに聞いてみた。今回の曲のイメージがやってきたのは、釣りをしているとき突然雨が降ってきた。ずぶぬれになったので、水田のなかにある小さな小屋で一人雨宿りした。外はどしゃぶりで雷もなっていた。その音から突然イメージがやってきて、心の奥からメロディが湧いて来た。内面の心の動きはこんな具合に・・・もう随分前から戦う以外に道はないと思っていながらも、できれば戦わずに済ませたいとうやむやにしてきた。けれどもう戦わないといけない時が来たんだと自然が私に教えているのだ!その心の動きがそのまま曲になって体の中に入って来たらしい。家に慌てて帰って、小屋の中でイメージしたメロディをおもいだしながら一晩中、ガムランに向かい、早朝にはその概ねが完成する。それが今回の新曲Pepunggelanである。

もちろん戦いとはここでは戦争のことであるが、しかしこの曲は同時に人生の岐路をも表現している。決断と実行が求められながらも、その道へ進むことの不安、捨てていくものへの未練、将来が見えないことへの恐怖など。しかし人々はそれをも乗り越えていかないと成長できない・・・誰しもそんなことを考えないときはない。だからこの曲は奮い立つ勇気と相反する不安、恐怖、未練を見事に物語っているのである。
Ekaの話では、曲はいつもからだの中にあるけれど、リズムがバラバラでひとつになっていないらしい。時にして自然と会話する機会に恵まれるとき、突然インスプレーションがやってきて、ひとつに曲になって現れるそうである。

この話を聞きながら、ここ数年のインドネシア事情を振り返ってみると、なかなか面白いことに気づかされる。まさに多様性の中の統一とはうまく言ったものだ。レフォルマシつまりインドネシアの改革が叫ばれているが、他国から見るとそれは単純に民主改革と受け取ってしまいがちだが、このバリにとっては、レフォルマシはバリの伝統をもう一度見直しバリらしく誇りをもって生きることなのである。古いものへの信仰と尊厳を取り戻そうとしている。それによってバリを再生し、観光業によって近代化されたバリとの共存を図ろうとしているのだろう。

ところでもし300万円もの賞金が入ったらどうするのか?と聞いてみた。なんとこの大会に出場するためにすでに100万円以上の経費がかかっているらしい。あちこちの強いガムラングループを村に招待してテスト競技を開催したり、毎晩の練習やガムラン楽器の補修など、一年の間にかかる費用は大変な額に上るらしい。もし上手なガムランチームがいない村では村の経費で支えるらしく村民の負担も大概である。優勝したらチームの部員の貢献度に応じて、その幾ばくかは個人に還元されるが、多くはガムランの振興と自分の村の活動に充てられるらしい。さらに優勝すると各地のガムランチームから応援や講習の誘いがあり、それからの副収入も期待できるらしい。そのほぼ全てがガムランの振興活動に使われるというのも、個人収入に還元されるプロのバリ舞踊とは少し違った共同体音楽の特徴であろう。賞金がこのような多額になったのも伝統の価値復活を期待するバリ州政府およびバリの人々の努力によるものらしい。

 余談だが、バリには映画館らしい映画館がない。ジャカルタにはあちこちにあり、インド映画などが毎晩上映され、金曜日の夜などはたくさんの若者で賑わう庶民の娯楽である。デンパサールに一度大きな映画館ができたらしいがお客がないので潰れてしまったらしい。最近はどうなのか分からないが、今も昔もバリの若者にとって夜は忙しい時間なのだ。昼間は仕事をしていても、夕方家に帰って食事とマンディ(水浴)のあとは、村の集会所で仲間たちと一緒に活動する時間があり、それは若者にとってもうひとつの活躍の場所なのだから。村の掟は時には自分を拘束するけれど、仲間に支えられる共同の活動は若者には何者にも代え難い幸せな時間なのだろう。今の日本の若者には羨ましい限りであろう。

ともあれ、アートフェスティバルでの演奏を聴けないのは残念だが、私はもう明日日本に帰らなければならない。フェスティバルでダルマ・ブダヤが優勝するかどうかはまだ分からない。次に来るときの楽しみに置いておこう。        

2004年6月11日記

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