■綾 智佳 (あや ともか)

ギャラリーオーナー、ディレクター。
1996年にThe Third Gallery Ayaを「石内都」展でスタート。
2000年頃よりロッテルダム、マドリッド、ヴェネチア、オーストラリアと写真の市場がある都 市に行っています。
2007年は1月に韓国と日本の作家 のグループ展「Comical&Cynical」をプール跡で企画、今が旬の梅佳代さんにも出品頂きました。
また5月にはオーストラリアのArt Gallery of New South Walesで現地の日本現代美術への熱いまなざしを感じました、再訪したいと思っています。

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■ 中村 麗 (なかむら うらら)

インディペンデント・キュレーター、編集者。西武美術館、(財)セゾン現代美術館およびセゾンアートプログラムのキュレーターを歴任。セゾン現代美術館で86年より毎年開催している「ART TODAY」展、「ART-ING 2001」展の企画および『コ・ラボ・アート』『セゾンアートプログラム・ジャーナル』編集等に携わる。

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■新見 隆 (にいみ りゅう)

1958年、広島県生まれ。慶應義塾大学フランス文学科卒業。
1999年まで、西武美術館、セゾン美術館の学芸員として、デザイン、建築の展覧会を企画。「バウハウス1919-1933」(1995)、「デ・ステイル1917-1932」(1997)、「柳宗理のデザイン」(1998)など。
現在、武蔵野美術大学芸術文化学科教授。イサム・ノグチ庭園美術館学芸顧問。
フリーランス・キュレーターとして、「その日に-震災・記憶・芸術」(川崎市岡本太郎美術館、2000)、「表層を超えて」(シンガポール美術館、マニラ・アート・センター、2003)などを企画。主著に、『モダニズムの建築・庭園をめぐる断章』(淡交社)。
デザインの評論活動のほかに、作家として、コラージュ、人形などの個展を開いている。

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■佐々木 和郎 (ささき かずお)

1958年、宮城県生まれ
1983年より、NHK・美術部〜映像デザイン部所属。
チーフ・ディレクターとして、「驚異の小宇宙・人体」「ニュースセンター’95」「木星脱出作戦」「天才てれびくん」など番組のアート・ディレクションを手がける。
2007年4月、東京工科大学・メディア学部教授に就任。「次世代ブロードキャスト」研究室を主宰、デジタルコンテンツのネット配信や無線LANによる映像サービスを研究。
趣味は散歩と料理。ペットはヤマブキボタンインコのココアちゃんとメランくん。

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■ 泉 秀樹(いずみ ひでき)

音・映像プロデューサー。シネアストをめざし66年16㎜映画『ミルクお入れしますか?』を制作監督。 68年草月アートセンター勤務。雑誌『JAZZ批評』の編集にも携わる。 73年広告代理店I&S BBDOの前身㈱SPNに録音技師として入社。のちにセゾングループの企業CI広告制作。六本木「WAVE館」設立スタッフ。Video+Book『ボイスinジャパン』制作を含む 数々の音・映像関連の制作プロデュース。また感覚や消費社会洞察の研究会も継続開催し、成果を書籍出版。 2000年には若者の動向を捉えるサイトcoolhunting.jpの運営も手がけた。現在 勤続した㈱I&S BBDOを退職。新たにOther Voices, Other Silenceをキイワードとした「サウンド・イメージ研究所」を駆動させつつある。


■ 野村ヨシノリ(のむら よしのり)

Gallery OUT of PLACEディレクター

1959年奈良県山添村で生まれる。
イノシシ年生まれ、蠍座、血液型B型 というとほとんどの人が引く。

1987-92 大阪、奈良で内科の医者として働いていたが、全く医者としてのアイデンティティをもつことができず、
92年秋突如フランスで写真を学ぶことを決意し渡仏。(もちろんその裏では準備を始めていたのだが。)

92ー94 南仏エクサンプロヴァンスで仏語を学びながら写真とアートを学ぶ。
94夏 パリに引っ越す。バスチーユ近くの屋根裏アパートで生活をはじめる。
パリではただひたすら写真を撮ってはプリントし写真ギャラリーにプレゼンするという生活を送った。
ほとんど陽の目を見ず。お金を使い果たし、精神的にも疲労感が見えつつあったため、99年秋帰国。

99年冬から医者の再研修をし、’03年夏まで故郷の奈良の田舎で内科医として働く。
その間に母が癌を発病、’03年5月他界。母をモチーフに作品を作り発表もしていたが、母の死後作品制作にはとんと興味を失う。
帰国後医者をしながら興味を持って見ていたのは、アートマネージメントという分野だった。
どうしたらもっと写真や現代アートの持つ魅力を一般大衆(特に日本の)に伝えられるか、同時にビジネスとして成り立たせられるか。その分野を開拓してみたいという気持ちがむくむくと強くなり、ギャラリーを開設することを決意。

2002年秋
奈良の路地奥に古い長屋が売りに出されているのを知り見にいくと、アートスペースとしてのインスピレーションが怒濤の如く湧き出て、買うことを即決。
ただし自分の中に運営のノウハウが全くないことを自覚し、パリの写真専門ギャラリーに一年の研修を申し込む。
受け入れが決まり、再度医者をやめ(今後一切医者に戻ることはないだろう。)2003年9月から一年間ギャラリー業務を見学させてもらう。その期間に多くのアーティストやジャーナリストと知り合う。

2004年秋 帰国。
早速古長屋の改装に取りかかる。コンセプトとギャラリー名は「OUTofPLACE」(場違い)。
既成概念と偏見を取っ払い、未だどこにも属さない異種異文化の交配をリアルタイムに臨見(注:僕の造語)したい。また、現代思想家エドワード・サイードの自伝のタイトル「OUT of PLACE」から拝借した。その本の副題「どこか遠い場所の記憶」に、痺れたのだった。

2005年3月17日、Gallery OUT of PLACE開廊。
この一年はヨーロッパで知り合った作家を奈良で紹介するという方向で展覧会を企画開催してきたが、今後は日本で知り合った作家たちを日本はもとより世界に向けて紹介していきたい。作家がここを通過することでさらに進化を遂げ、観客がここを往復するうちに世界観が変化し、僕自身がここを操縦することである種の至福感をあじわえるトポスでありたいと願っている。

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