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no30 「来るべき音楽」についてのメモ  Vol.7 泉 秀樹

ラボカフェ

吉祥寺は痛い

またこの日が来たか! 開店して7ヶ月 5回目の来客ゼロの日がやって来た。
今、12月13日木曜日。このふた月 来客ゼロの日はなかったので久しぶりだ が、まあ致し方ない。
21:00、この時間は浦和×ACミラン戦をやっている頃だろう。
12月初旬 好調だった客足が、今週に入ってパタリと途絶えた。火曜日が二人、昨日の水曜日が一人、そして今日がゼロと。
いやあ、これが水商売。 まったく予測がつかない。
そしてまた Free Jazz や Free Improvisation のアーカイヴとはこの程度のものなのだろう・・・。

今宵、ここ吉祥寺の夜はビリー・ホリディが静かに流れている。最近 研究用に と寄贈いただいたESPの新譜CD 『RARE Live Recording 1934~1959』だ。
聴きながら何故か若い頃見たジョセフ・ロージーの映画『エヴァの匂い』を思い出す。ジャンヌ・モローと冬のヴェネツィア。
<Willow Weep For Me 柳よ泣いておくれ>

皆さん、まねしないほうがいいですよ!
それに そうとう肝が据わっていないと定年後のCafe経営など出来ません。

と、ここまでが<まえがき>

前回 本サイト(Webマスター)にサブタイトル「ラボカフェ開業奮闘記」と付けられた<『来るべき音楽』についてのメモ>もVol.7を迎えた。 当然、その後どうなった? という質問が寄せられている? かも しれない。
そう、無事開業し、潰れずに半年もったのです。
今回は、手短に半年後の中間報告をメモしておきたい。 ただ長くなりそうでコワイ。 
(早く本来の、「音/響き」と「聴く/身体」の関係についてのメモに戻りたいのだが・・・)

原稿の依頼が来たらサブタイトルを何としよう・・・
≪吉祥寺は痛い≫ がいいかなあ (注1) 
あるいは
≪やっぱり ダメかもしれない・・・ ≫ これは勿論 二重の意味でだが
あるいは
≪掃除、洗い物、ゴミ出し、(bis) 掃除、洗い物、ゴミ出し、・・・≫
フム これじゃあ、色気がないね。
まずは前回記載直後から開店までの備忘録メモ。

前回は旧友に宛てた 開業を知らせるメールを貼り付けて終わっていた。その記載日が原稿締切の4月30日。
何を隠そう、実はその後のほうが大変だったのです。
内装の完成。引渡し。繊細なオーディオは内装の完成を待って運搬開始。20kg以上あるアナログレコードプレイヤーなど、そのほとんどを自宅から自らの車で運んだ。CDプレイヤーも20kgはある。運送会社にまかせればいいように思うが、過去に何度も失敗談を聞くので自分で運ぶしかない。 アナログとはそういうデリケートなものなのだ。
同時に買い控えていた厨房内備品の数々は、青山で茶房をいとなまれているH氏夫妻の協力を得た。必要なもののリスト(A4 2ページにびっしり記載。70項目はあったか)を作成いただき、数々のアドヴァイスを受け、合羽橋への買出しも同伴頂いた。ふきんならこのお店、ぺティナイフ買うならここ、伝票買うならここ・・・と。
他にメインとなるコーヒーカップとワイングラス・・・なかなかいいものが見つからず、決め手にかけ 時間だけが経過していった。(この二つに お皿も加え、結局は買値が最も高いデパートで買うことになるのだが・・・)
そしてコーヒー豆の選定。狛江在住S編集長の推薦と紹介で堀口珈琲研究所に半日修行。焙煎豆もそこから仕入れることに。 さらにワインは・・・仕入れ業者2、3と交渉。でもこれは自分で飲んでみて美味しいものしか出せないのでトライ&エラーで進むしかない。沢山仕入れてもどのくらい出るものなのか見当もつかない。(それが半年後、今じゃ当Cafe定番のワインまで出来ている。また昨秋渡仏した際のCafeリサーチが役立っている。)
などなど、話せば長くなり、開店直前の報告をどこまで記載するのがよいのか迷うが、正直言って 内装完成後のほうがそれ以前より数倍大変である、ということだけはお伝えしておきたい。
内装造作はやってくれる人がいたが、引き渡された後はすべて自分でやるしかないからだ・・・。

レコードラック前

いよいよ開店。ここのサイトでもオープン日が予告され、それに後押しされるように5月20日オープニングパーティを挙行した。 ただ、お呼びしたい人数にスペースを考えるとレセプションパーティはどうしても2回に分けてやらざるを得なかった。4月末のスケルトンパーティでは旧知の若手中心。5月13日はこれからもお世話になる音楽関係者や編集者を中心にプレオープニングパーティ。その一週後、翌日から営業という前日5月20日グランド!オープニングパーティを実施。旧Sグループ文化担当者の有志が参集してくれた。(大阪からも駆け参じていただいたのは言うまでもありません。)
当Cafe最大の売りである「音」は・・・プレオープン前日、深夜まで作業してセッティングを終え、音出し・・・いつも緊張する瞬間。新しい装置が組みあがり、最初に聴くレコードって決まっているものなのです。しかし、とりあえず「音」は出たものの、自分の考えていたような「音」では鳴ってくれなかった。その日はあきらめ、以後 数日調整を要し、最終的には現在の音で当面決着することに。
若い頃、モニタースピーカー(JBL4320)を前に毎日十数時間格闘する仕事をしていた手前、なんとか人様にお聞かせできるところまでには持っていきたい。 調整室のキツイモニター的な音ではなく、まずは「響きの良さ」を前面に出していきたい! 当初のペーパープランではスピーカーは窓側に置きたいと思っていた。眺める窓外が無限のステージに・・・。しかしスピーカーを置いてみたが どうもサマにならない。 結局レコードラック前で位置が決まった。 いかに机上のプランだけではダメということが良くわかる。 音を出していくと「響き」は悪くない。 部屋が定在波の出にくい変形三角形だったことも幸いしている。

そうそう実は 店名も難産した。
数年前からCafeをやるなら店名は「ラボ・カフェ」(ないしは「カフェ・ラボ」)と決めていた。研究所Laboratory型カフェだから略称して「ラボ・カフェ」。
ところが “「ラボ・カフェ」はわかったけれど「ラボ・カフェ」の何?なのさ” と固有名を求められた。
「ラボ・カフェ」の後に固有名が欲しい らしい。 うーん、さあどうしよう。それは考えていなかった。
突然出来た子供の名前を考えるようなもの・・・。そんな時、我が妻が助け舟 “お父さん、ズミでいいんじゃない?”と。dが入っているdzumiだ。 うーんズミねえ・・・。 しばし考えるが対案も出てこない。一晩寝かせてみると、悪くないなと思えてくる。発音もデュとズの間。
もちろんdが付いている理由はあるのだが・・・これは 名付けた妻からのささなやかな暗号だ。
これで「ラボ・カフェ・ズミ」と決まった。保健所にもその屋号で申請。
それが!開店直前になって 通りの斜向かいにNeuro Cafe Laboというネットカフェがあることを知る。せっかく暖めていたLabo Cafe(Cafe Labo)がすぐ近くで使われていたのだ・・・。
近いだけに再考を要するな。それに「音を売り」にしているのにLabo Cafeだけでは、音のイメージが出てこない。初めての方にはわかりづらいのも事実。
それなら 正式名称が「サウンド・イメージ研究所カフェ・ズミ」なのだから中抜きして『サウンド・カフェ・ズミ』としたら、初めての方にも伝わり易い。これで店名表記はようやく決定した。

後はメニュー出しと価格設定。これにも苦慮した。飲食の提供は一人でやれる範囲。 さらに価格は・・・本来は経営計画から割り出さねばいけないのだが、要は私がお客の立場になった時 納得できる金額かどうかがポイント。結局基本の珈琲代を600円と設定した。
これで、珈琲だけの来客で 家賃+共益費を支払うなら月間340人を呼び込まなくてはいけない計算になる。一ヶ月26日営業だから単純日割すると一日13人! うーん、これは大変な数字だな。でも珈琲一杯1000円というわけにはいかないだろう・・・社会常識的に・・・。ウイークデイで13人/日は・・・現実的に難しいと思う。 しかも それでようやく家賃が払える段階で、飲食材の購入や、私の日当も出ないのだ。したがってワインやおつまみの提供を積極的にやらざるをえないのがわかるというもの。加えてイベント企画をどう推進するか・・・。

こうしてチラシも看板も作らない、造れないまま「研究所型Cafe」は船出した。
(既に当初計画より開業費がかなりオーバーしている。これ以上経費をかけられないのが現実だ)
そんな最中、訃報が届く。60年代からクリエイティヴ・ミュージックを紹介し続けていた詩人で評論家の清水俊彦氏が亡くなった・・・。知己もあったので小糠雨降る通夜、Cafeを一時閉めて駆け参じた。
亡くなられたのが5月21日・・・とはCafeオープンの翌日だ。まるでバトンを渡されたような気がしてくる。
次は頼むよ・・・と。
ラディカルな自由音楽を聴く聴衆を一人でも多く育てていきたい。「深く聴く」ということの底辺を広げたい。そういう思いは清水氏の意思と我がCafe存立と重なるところだ。
逝去は 旅立ち・・・ご冥福をお祈りする。

そして私のほうも、ひとり航海を始めた。 
開店後もいろいろ不具合はあった。LP3000枚入る予定のレコードラックは、まったく容量が足りなく(計算が甘かった)。加えてCDラックも新たに購入せねばいけないのだが、LPの簡易ラック増設と度重なる運搬で疲れ、当分音源はレコード中心でいいかなと思い始める。それでも最小限のCDを200枚ほど運び込んだ。この後 少しづつ運べばいい。

また、集客のための告知やPRも考えねばいけないのに・・・(広告会社勤務だった故か)それらは後手後手に回っていた。でもチラシくらいはとWordレベルで原稿を作成。コピーはコンビニなら一枚10円だけれど、近くのコミュニティセンターでは3円で軽印刷できることもわかった。
さらに、こちらがモタモタしているのを見かねた長女が「お父さん!こういう時はMixiにコミュニティたちあげればいいの・・・私が管理人になるから・・・」とサクサク・・・。本当は「明かしえぬ共同体」なんだけどなあ。(明かしあってどうするんだ?と内心ブツブツ)でも、他に告知の方法がないのだから まずは有難い!
だいたい!人には言えないが・・・(と言っておきながら記載してしまうが)
今回Cafe設立の裏コンセプトは(1)マーケティングに抗して と (2)昼の奪還  の二つなのです。
これでおわかりのように 流れに竿さし、マーケットに抗っているわけですからネェ。 はたしてお客が来てくれるか。
私の内部のどこかでは、PRなどせず “皆さん!嗅覚を使って見つけてほしい!” と思っているのです。

今思い出すと、そんなオープン時の状況だった。 そしてなんといっても、季節が私の味方をしてくれた・・・入梅前の 空気がまだ乾いていて、街路樹や公園の緑が陽光でキラキラしていた。 さあ、ここからだ。
厳しい条件のなか、家族の応援に加え、多くの方の協力を得て無事開店することが出来た。中でも とりわけ、サラリーマン時代の同僚O君(オーディオに関しては彼の協力がなければ形にならなかっただろう)ありがとう。 また青山に拠点を構えるHご夫妻には本当にお世話になりました。私自身、親戚や知人にCafeやレストランを経営しているものもおらず・・・何から何まで教わり、本当に感謝!
そうして、このCafeを見つけ通ってくれたお客さんたち。またブログなどでここを紹介してくれた皆さん。本当にありがとうございます。

と、ここで原稿が終わると美しいのだが・・・。
でもこれじゃあ、カフェ開業半年経過の中間報告になっていないと、お叱りを受けそうだ。

で、その後どうだったの?
言わせないで下さい。 予想通りですよ。

“持たざるものの悪あがき・・・” と前回記載しました。
そういうことです。 真似しちゃいけません!

少なくとも駅近くのビル持ちか、財力、気力、体力にプラス持久力が無くてはやっちゃいけません。ということです。(高額の賃貸料が発生するならお止しなさい、と言っておきたい)
残念ですがそういうことです。
財力があって Free Jazzに加え ピエール・クロソフスキーなども語れる人って、いないんですかね。
結局 皆 半径10メートルの美しい生活(私欲・物欲の世界)。 資本主義は上手くできている。
『優雅な生活が最高の復讐である』と言ったのは誰だったか・・・。(スペインの諺??)

<そんなこと 判っていたのだ が・・・の半年後(中間報告)>

まず、片道電車三本乗って通勤1時間。8時間労働。週休1日。これが意外と疲れます。
考えてみれば30数年間サラリーマン時代は週休2日だった。60歳過ぎには少しコタエます。
(さらに有難いことに、お客さんが多いと連続6時間は立ち仕事。疲れが後に出ます。)

閉店は21:30としているが、お客さんが呑んでいれば(ありがたいことだ)自然延長となる。帰宅までの終電が気になる。今のところ平均自宅着時間が深夜0時。それからお風呂。もちろん家族は就寝。暖め直す遅い夕食。パソコンを開きメール返信などしているとすぐ午前2時。いや3時・・・。
やってみてわかったことは、想像以上に「自分の時間」がなくなったこと・・・Liveにも気軽に足を運べません。中古レコード屋めぐりも難しくなる。 友人からの飲み会にも誘われなくなります。さらに、ちょっとした「旅」にも出られなくなりました。勿論、風邪なども引いていられません。 ただただ時間に追われる毎日です。(Free Jazzを語れる交代要員がいないのが問題。またアナログ操作もデリケート。ボタンを押せば音が出るというものではありません)
週一ある定休日に飲食材(ワインなど)の買出しをしていると、自宅でやらねばいけないあれこれも結局時間がなくなる。 誰に咎められるわけでもないが、開店時間が過ぎて出勤した日などにかぎって “せっかく2時に伺ったのにdzumiは開いていなかった・・・” と お小言を頂戴することになる。(遅刻するドン・チェリー・・・ECM「Dona Nostra」1曲目の謎が少し解けた。来日したA.Kjellberg氏に取材してくれたS女史さんありがとう!)
出勤が遅れるなら開店時間も遅らせればいい、たとえば3時からとか と言われそうだが・・・3時と2時では午後の質が違う。 とにかく2時半までには開けたい・・・と思っているのです。それは、ここの「午後の時間」を愛でていただきたいからなのだが・・・。もしも、看板が出ていなければ、たまには井の頭公園でも散策していて下さい。
何者かに搾取されていた「昼を奪い還す」。そして物憂いな「人生の午後を愛でる」・・・。なかなかその感覚をわかってくれる人が少ない です。 (やって来い団塊世代! どうした団塊世代! 守りに入って どうしたいんだ!?)
まだ 来れない方も “いや、一度伺いたいと思ってるんですけれどね・・・” あるいは、一度来た方も “また、行きたいんですけれどね・・・” だ。 人間、場の体験(行った、見た)は記憶に残りすぎる。 旅行も同じ・・・いわば “マチュピチュ・・・また行きたいんですよね” だ。
人生短い。 既知の場所より、行ったことのないところへ行きたいもの。 それは良くわかる。

 

いや、そんな話はいい、で 経営はどうなんだ?と
そう、皆さんが一番お聞ききしたいであろう経営は・・・複合的な要因があるので、安直には記載できないが、経営は勿論!成り立っておりません。
(偉そうに、居直るわけではありませんが)
半年経営して、私自身のギャラはゼロ。いわゆる無給。

飲食代の収入は月末、家賃+電気+水道+ガス+共益費を支払うことで消えていきます。
それに残念ながら、開業費の回収はおろか、毎月まだ少し持ち出しが続いています。
厨房内で食べる遅い昼食も、当初は近くで買っていたが800円/日でも月間2万円になる。
2万円とは珈琲客33人分だ。 これも経費削減で自宅からの弁当持参に切り替えた。(黙って毎日お弁当を作ってくれるカミさんに感謝!)でも、せめて自分の弁当代くらいの利益は出したい!

来店者数・・・一度だけのお客さんも多いのに、この7ヶ月の平均来店者は毎月決まって150人前後。(イベント時の臨時来客増を除く) 大きな変化のない この数字は不思議なこと。
珈琲単価600円だから掛け算すればだいたいの売上げがわかるというもの。
したがって、ボランティア状態。 まあ、社会貢献。文化貢献です。ハイ。
私利私欲などあっては、自分に腹が立ってきます。

しかし!“自腹で、一人でやります” とも宣言しているので、もう少しはやりますよ。 
負け惜しみではなく、ニッコリ笑って・・・。
それは、お金では買えない「得るもの」もあるからです。
それは「他者」との出会い。
かけがいのない貴重なこと。(この間もフインランド人が3人やってきた)
しかも、何時、誰が、などまったく予想が立たず「不意打ち」に「突然」「やってくる」・・・。
「ぶつかってくる」と言ってもいい。知らない他者を受け入れる。(旅人を受け入れる定住者)
敵かもしれない・・・味方かもしれない・・・“いらっしゃい!” とニッコリし “どうぞ!” と。
とんでもないインプロヴィゼーションだ。
あるいはポトラッチか・・・。
いやはや。(注2
定年退職後、ローコスト生活だ と言って何もしないでいては絶対に味わえないことのひとつ。
そして何より心優しき来店者も多い。近場の方はもちろん、遠くは九州から、また関西や仙台からも通っていただけるのは嬉しいかぎり。
さらに!“ここは無くなっては困るんです・・・”という若者も顕れ、自ら集客のためにチラシを増刷し、各所に蒔いてくれた。その上 “IZUMIさんはどういうお客さんに来て貰いたいんですか?”と聞くから、“そうだねえ・・・ウイークデイの明るい午後は50歳台の伯母さんたちに来てもらいたいね。”子育てが終わってちょっと時間のある女性。夕食つくりに入る少し前。“エレベーターが開いたらデレク・ベイリーを聴いているおば様たちで一杯!なんてネ。そんな夢みたいなこと考えてしまうね。もしそんなことがホントに起きたら「革命」だけれどね・・・(笑)” すると若者は “じゃあ僕たちのお母さんを呼べばいいんですね・・・”と、母世代にこのCafeを知ってもらうミニLiveイベントまで行われ、それは超満員の大盛況だった!
ただ、それは一日だけのこと。
その後、まさにターゲットイメージ出現 と思われる近隣のおば様 来店もあった。お話しすると“わたしたちは今、パートに出ているか、親の介護よ・・・”と言われてしまう。 そりゃあそうだ。

そして私の方の現実も他者歓待などと のん気なことも言ってはおられない状況なのだ・・・さあ、営業努力、営業努力―――
この半年。まず、私自身が衛星ラジオにゲスト出演、ここdzumiで2日分の公開収録。ARFIなどを紹介すると同時にここのCafeのPRに努めた。またJAZZ系の大きなサイトから取材も受け、写真付きで紹介された。加えて各種研究会、アルバート・アイラーの上映会や大学(早大 大里ゼミ・立教大 佐藤ゼミ)の移動ゼミ教室にも使われた。また某雑誌の公開対談の会場にもなった。そして現在、とある出版企画の拠点にもなっている。 さらに1月中旬は音楽評論家 北里義之氏の「サウンド・アナトミア」出版記念会も控えている。

そんな中 今週末はCafe dzumi主催の講演会を開催することに! また年末にはここによく通っていただいた大友良英氏のギターSolo Liveも実現する。
講演会講師のトップバッターは女性で始めたいと思っており、音楽系では開店前から横井一江さんにお声かけしていた。10月NYコロンビア大での世界ジャズ・ジャーナリスト会議にも出席され、その報告会を兼ねている。今回は日本の現状を鑑みた辛らつな発言をお願いした。題して「横井一江のカジュアル本音トーク」。
哲学系では、まだ面識はないものの 今夏フランスのスリジー・ラ・サルで開催されたM.ブランショ生誕100年のコロックにも参加された郷原佳以さんにお願いしたい(私は06年秋、東大駒場で開催されたブランショのシンポジウムを聴講させて頂いただけ・・・ボルドーからドミニク・ラバテ女史も来日していたが、女性がブランショを語る・・・是非お聞きしてみたい)と思っておりました・・・2007年が終わってしまいますネ。いつか実現したい。
横井さんのレクチャー。店内掲示を含め「お知らせ」が伝わって数日後 予約が満了。嬉しいのは参加者の年齢層だ。70歳の現役評論家から20歳の若者まで、実に年齢差50歳の参加者が集う。これは私がCafe開業した目的のひとつ「世代を超えた交流」が実現されることになる。

ここで・・・おっと危ない。書き忘れるところだ。
この長いメモ(開業中間報告)も終わりを迎えようとするころになって、ようやく肝心なことを思い出した。あわてて二項目追加する。
開業して数日 最寄の消防署から電話がかかってきた。(日をおかず市役所からも・・・)それは“防災の検査を行います。検査日までに防災責任者講習会に出て修了証(手帳)をもらっておいて下さい” というものだ。こんな話は多くの「開業支援本」には書かれていなかったぞ。ほぼ丸一日がつぶれる長時間の講習だ。もちろん某日受講し テストも95点(今回ひっかかり問題あり満点ではなかった)無事手帳もゲット。数日後 市の職員と消防士が来訪し、現場検査とご指導があった。

もうひとつ忘れるところだったのが、税務関連のこと。開業前から税務署にお伺いし、ディレクションを仰いでいた。私のやろうとしていること(研究所型カフェ)が、儲かりそうもないことを察し“法人化より個人事業ですね・・・青色申告になりますから・・・”と、お話いただくが、話はチンプンカンプン。サラリーマンを長くやっているとこうなってしまうのだ。少し勉強せねばいけない。この地域の税務署から集団指導か個人指導を選択できるアドバイザー(税理士)派遣による指導というシステムがあり、一も二もなく個人指導をお願いした。一ヶ月後、税務署から任をうけた税理士がCafeまで来られ、出納帳の記載法から教わった。 だいたい私は・・・出納帳で月末のなると赤字になるのでマイナス表記していた。これには笑われた。“マイナスってことはありえない、お金がなくなったらご自宅から持って来ているか しているわけだから、それは「店主借入れ」と記載すること。帳簿はプラス表記になっていなくてはおかしい。” そりゃあそうだ。・・・以降 毎月月末に登場する税理士のSさん ご苦労様。 来訪も今月で6回目になります。 それにしても頭が痛い。

さあ、いつまでやれるか―――
気の多い友人たちは
“IZUMIさん、定年後 吉祥寺にオーディオルームつきの書斎が出来たと思えば・・・” とか
“IZUMIさん、退職してベンツ買って(中古の911でもいいが)箱根で全損・・・車はお釈迦になったが身体はなんともなかった と思えば・・・” とか
皆、勝手なこと言うよなあ。
挙句は
“IZUMIさん、ホントは もう飽きたんじゃない??” とまで!
(そろそろ旅には出たい・・・)

また、別の友人はメールで (これは応援歌でしょう。貼り付けておきます)
“う~ん、なんというかですが、とりあえず、「行為の絶対性」とでも言えるのでは?
およそゼッタイ性の希薄なこの国の風土で、ゼッタイ性に直撃される喜びがあるからこそ、カフェ・ズミも成立しているのかと。
・・・こうしたゼッタイ性こそが、つまりは「歴史の直撃」なのでしょう。
で、問題?は「いかに歴史の<外>に出れるのか」ですが・・・”

さて明日は、市田良彦の『ランシエール 新<音楽の哲学>』(白水社)でも買ってCafeで読むことにしよう。
http://www.hakusuisha.co.jp/detail/index.php?pro_id=02455

‘07.Dec.20.  H.IZUMI

 

 

(注1)

そうそう、冒頭のサブタイトル案
≪吉祥寺は痛い≫の解題。
ここ吉祥寺に通い始め、駅近くの歩道は歩く人と自転車が共存していることがわかる。工事中のビル前などでは狭くなった歩道を ほぼ無音で自転車が突っ込んでくる・・・気をつけないとこちらの脹脛(ふくらはぎ)がタイヤで削られることになるのだ。あイタタ・・・と顔をしかめて振り返るとママチャリだったりする。トホホ。
尚、sound café dzumiの仮サイトも立ち上がっております。 http://www.dzumi.jp/
また、12月に入って看板とPost Cardがようやく完成した。 (↑本文へ戻る

 

(注2)

聴き直している音源の数々・・・これらが私を鼓舞してくれている。
「他者」と「自由」(Free JazzやFree ImprovisationのFreeに絡む)の論考に関しては、発行が伸び伸びになっている大澤真幸の『<自由>の条件』(講談社)が出るのを待ちたい。雑誌『群像』掲載時より、どのくらい深耕されているのか楽しみだ。“・・・<自由>とはこの未来の<他者>を措定することの能動性=選択性である。”・・・そていSetzen・・・フム。
留意:他者性の三つの位相 (1)異形のもの「ストレンジャーとしての他者」 (2)鈍獣性betiseとしての「純粋他者」(3)無機物がもつであろうような「身体的垂直的他者性」。 蓄積に対する蕩尽、吝嗇(りんしょく)に対する無償性・・・丹生谷貴志 〈大澤+丹生谷 対談 『談』42号‘89年より〉(↑本文へ戻る


著者プロフィール: 泉 秀樹(いずみ ひでき)

 

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