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ギャラリーを始めて10年になります。写真を専門とするギャラリーとして11年目に入り、本当によく続いたことだと思っています。当初「写真専門のギャラリーなんて、できるの?」と、お客さまに聞かれ、奮然としながらも、やはり不安を隠せずにおそるおそる「大丈夫です」と答えたものです。1989年に東京都写真美術館が写真専門の美術館としてスタートしたというのが、日本の現状です。きっと多くの方が、だれにでも撮れる写真がなぜ美術作品として成立しているのか、実際のところ疑問に思われるのではないでしょうか?私ももちろんはじめからそのことがよくわかってこの仕事を始めたわけではありません。仕事をしながら、まずは頭で理解し、次に実感へと変わっていったのです。 そもそも私自身の写真との出会いは、とても小さなものでした。記憶を辿っていくと、それはたぶん学生の時に読んだ「サム・ワグスタフ」氏へのインタビューでした。 雑誌の『流行通信』に掲載されたアート記事で、写真コレクターとして有名なワグスタフの写真への思いとお勧めの写真というシンプルなもので、そこで彼は以前は美術館のキュレーターであったことや、今は「ロバート・メープルソープ」に入れ込んでいることなどが、語られていました。全く知らないことばかりであるものの、ワグスタフを撮影した田原桂一の繊細なポートレイトとあいまって強く印象に残りました。一番に強く残ったのは現代美術のコレクターでもあった彼が現在は写真のコレクターに変わったことでした。そんなにも彼を魅了した写真の世界は何かという好奇心がむくむくと湧いてきたのです。 彼はまだ評価の定まっていない写真という美術をとおして、自分のコレクションを構築していくことは本当にスリリングなことだ、といっていました。また、もし自分がその冒険に失敗しても、本当に自分が好きなものを集めて失敗するなら本望だし、それができるのは写真の価格が他の現代美術作品に比べて驚く程購入しやすいからだとも語っていました。コレクションを構築するということが、個人の趣味を超えて存在するということは理解を超えていましたし、それを冒険と呼ぶなんて。彼は何を基準にどう写真と関わっているのだろうか?と思ったのです。 アートとしての写真の本を読み、展覧会に通うことが、その後の私の趣味となりました。ただ、仕事になるとは思えなかったのです。それは写真を撮るという行為以外に写真に関わる方法を考えつかなかったことが大きな理由です。ちょうど写真が発明されて150年目、1989年頃には写真関係の本がたくさん出て、展覧会も数多く開催されました。同時期に私はひとつの講座を見つけました。それにはディレクターコースというものがあったのです。何それ?という好奇心からついにその講座を受講しました。そこですっかり忘れていた「サム・ワグスタフ」のように、写真を撮らないで写真に関わる方法を見つけたのです。 その講座ではまず最初に美術史のスライドレクチャーがありました。写真講座なのに、なぜ?と、思ったものの系統だった形で美術に接するのは始めてということで、目から鱗が落ちるような体験をしました。と、いうのは見たらわかるものが「美術」と思い込んでいたのですが、これまで人々が表現してきた様々な作品の多様さとその歴史にショックを受け、また歴史には意味があるので、それぞれの作品の意味と関連を始めて知ったのです、当たり前のことですが、例えば日本に育った人が富士山をみて富士山が素晴らしいと思うのは、本当に富士山を見たからではなくて、富士山は素晴らしいといという認識を周りの人々(例えば親とか)から知って、そう思うのだということをすっかり忘れているのですが、それは日本という環境と文化にいるからだということを、改めて感じたのです。文化というドメステックなものは知らないと語れないわけです。つまり、写真もその歴史と文化を知らないとわからない!という事実に衝撃を受けました。これはとどのつまり美術としての写真とは?と考えると、美術の歴史と写真の歴史を知らないともちろんわからないわけです。もちろん、それぞれのイメージの意味は体験で読み取るのですが、残念ながら日本では普通の生活の中では美術と写真の歴史は学ぶことはできないのです。ここで始めて美術としての写真の基準(クライテリア)に到達し、「サム・ワグスタフ」が誇りを持って語っていたことの一端が理解できたのです。 そのようなことに気がついてから、私の美術としての写真とのつきあいが本格的に始まったのです。
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著者プロフィール: 綾 智佳 (あや ともか) |
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