| 南仏の夏は想像以上に暑かった。乾燥しているせいで日陰や石造りの家に入れば涼しいのだが、ジャッキーの家から移り住んだ部屋はそうはいかなかった。
一人で暮らしはじめたHLMはブロックを積み上げただけの簡易な6階建てのビル、しかも最上階。熱気が上へ上へと昇って来て、午後になると堪え難い気温にまで上昇する。その頃のフランスではエアコンなどどこに行っても売っていなかった。扇風機は売っていたけど、それさえ買わず「我慢、我慢」と自分に節約を強いた。
夏休みになって大学も語学クラスも一時中断。
ぼろぼろの愛車フィアットに乗って近隣の町や田舎の村を撮影目的に走り回る。
車の中も相当な暑さになる。その時は本当にどうかしていた。
オリーヴやぶどう畑を走り抜け2車線の道路に出た。邪魔するもののいない白い大地を風を切って走る快感。開放感を満喫!しかしそれもつかの間、向こうから大型トラックが猛スピードで近づいて来た。しかもセンターラインをオーバーしてクラクションまで鳴らしてこちらに向かって来た。
「なんちゅう奴っちゃ!」と思った瞬間、冷や汗が全身にドドッと湧き出た。対向車線を走っていたのは実は自分だったのだ。即座に正気を取り戻し右車線に移り、なんとかトラックをかわした。路肩に車を止めて大きく深呼吸した。
広めの道路に出た時日本式に左車線に入ってしまい、そのまま走り続けていたのだ。数分間、距離にして1.2キロ何の疑問もなく…
アブネー!!寸でのところで事故をかわしたものの、あのままお陀仏だった可能性は十分にある。ここまで脳がドロドロになっていたなんて。情けない。それからしばらくは、目を閉じても頭を横に振っても、近づいて来るトラックとつんざくようなクラクションが取り憑いて離れなかった。
撮影に飽きたら一日中暗室に閉じこもって、フィルムを現像したり、プリント作業に精を出した。完全に密閉した暗室で作業していると、ユデダコ状態だ。雲一つないピーカン晴れが何日も続く中、暑くて夜もゆっくり眠られなかったからかもしれない。一人部屋で過ごしていた午後、それは突然やって来た。
目の前が真っ白になり、椅子に座り込んでしまった。意識が薄れて行く中で、何か銀色の玉のようなものが突然現れた。その玉がふわっと浮かんだかと思うとものすごい速度で遠ざかって行き、破裂した。まばゆい光が破裂と同時にはじき出され、太陽を裸眼で見てしまったかの様に視界は一瞬ネガとポジが反転し、明るいのか暗いのか判別できない眩しさに覆われた。
臨死体験?気の狂う一歩手前なのか?とにかく言葉で表現できないほどのしびれに体は襲われつつ、一方で意識は縫い針の穴がマンホールほどに大きく、蜘蛛の糸がロープの様に太く感じるほどに鋭く清明な状態になっていた。
なぜかわからないが、僕はすぐに悟った。これが『永遠』なのだと。
(笑う奴は笑え!)
しかしそんな状態は数分も続かなかった。僕はテーブルの上でうつ伏せになっていた。10分ほどが経過しただろうか、僕は立ち上がり、喉の乾きを感じてふらふらとキッチンに行き水を飲んだような、夕方近くになっていたので閉じていた鎧戸を開けに行ったような…
雲の上を歩くような足取りで部屋の中を動いていた。やがて1時間もしないうちに、感覚はそれ以前と全く変わらないごく普通の状態に戻って行った。今から思い出せばすべて本当に起こった事なのかどうか、記憶はあやふやだ。
しかしあの光は一体なんだったのか。頭の中で何かが壊れてしまったのか、それとも別のものが生まれたのか。何が起こったのか全くわからない。これがいわゆる神秘体験なのか…などと自分を客観的に見つつも、その後1週間ほどは、僕は別の人間に生まれ変わったような新鮮な気分を味わった。
その気分とは、雨で洗われた後の街並の様に見えるもの全ての色彩が冴えわたり、号泣の後にやってくる心地よい虚脱感とでも言ったらいいのか…
自分はこの世界で『永遠』を味わった数少ない人間のような気がして、根拠の無い優越感に浸った。特別な能力を与えられたような気分だった。しかし『永遠』を見たなどとひとたび口にすれば馬鹿にされるに違いなく、戯言だと一笑に付されてしまう。だから誰にもこの話をしないまま、この体験はいつのまにか記憶の片隅に追いやり忘れていった。
後日談になるが、数年が経って帰国した時に旧知の建築家森田進氏(Gallery OUT of PLACEの設計デザインを一手に引き受けてくれた人である)にこの体験を話してみた。彼は興味深く聞いてくれた。彼曰く、それは暑さのせいもあるかも知れないが南仏や地中海沿岸というトポスがそうさせたのか知れない。「哲人は南を目指す」というだろう?
そんな諺か金言があったかどうか定かではないが、森田氏が言うには、何かひらめきとか精神的なクライシスに南仏では出会いやすいのかも知れないというのである。なるほどそういわれれば芸術家や文筆家、哲学者で晩年南仏で傑作を生み出し、あるいは安住の地を得たという人が相当多い。かのサド公爵を始め、ノストラダムス、セザンヌ、ゴッホ、モネ、シニャック、ピカソ、マチス、モジリアーニ、ムンク、ジャコメッティ….コクトー…..など数えだしたらきりがない。近年ではベルナール・フォーコンやアンセルム・キーファーも南仏にアトリエを構えて制作している。彼らが全員南仏で神秘体験に遭遇し、創作活動を行ったとは言えないだろう。ただ、曲がりなりにでもそこで2年住んだ者として言える事があるとすれば、南仏は創造の地ではない。むしろ破滅の地のような気がする。
過去に蓄えた財や知識でさえもが、南仏ではすぐに色褪せる。灼熱の太陽と強いミストラルの風のせいか、ものが腐る前に乾いてしまうような気候の中で、積み上げて来た価値観をいとも簡単に放棄させてしまう力が南仏にはある様に感じられてならない。つまりそこではなにもかも『どうでもよくなる』のだ。しかしそれこそが芸術のような気がする。
新しいものや人が気づかず見過ごすものは、一度何もかも投げ出してしまわないと出会えないのかも知れない。
ゴダールの名作『気狂いピエロ』を観た人ならその感覚がわかると思う。主人公のジャン=ポール・ベルモントは悪女アンナ・カリーナを追ってとうとう南仏(コルシカ島かな)にたどり着く。裏切った彼女(愛してやまない彼女)を殺して復讐を遂げた後、ダイナマイトを顔に巻き付け彼は爆死。ベルモントの魂は上昇気流に乗って空へ、空へ。
バックにランボーの詩が流れる。
『見えた』
『何が?』
『永遠が…』
僕はいろんなところを走り回っている途中で、白く小さなカタツムリをたくさん見つけた。アザミやスカンポが生い茂る草原で、カタツムリたちはその茎にびっしり密集して暑さと乾燥に耐え続ける。じっとへばりついたまま全く身動きせず….まるで化石の様だ。一本のアザミの茎に何十匹とへばりついている。
僕はいい事を思いついた。
僕はカタツムリを茎から剥いで採集しはじめた。大きな透明のガラス製の花瓶を手に入れて、花瓶をカタツムリで一杯にして写真に撮ろうというのだ。ポリポリ茎から削ぐ様にして何百というカタツムリを集めた。
アパートに持って帰って花瓶にカタツムリを入れた。無数の白いカタツムリたちがガラスの中に真珠のように眠っている。彼らは積み重なり美しい光を放っていた。撮影は明日にしようと、花瓶にカタツムリを入れたまま僕は眠った。
夜中変な物音に僕は目を覚ました。
カチャカチャッ、コツコツ、ガラスをこまかい雨がたたくような音、いったいなんだろう?暗闇の中ライトをつけようと起き上がった。
ベッドから降ろした足に何かがあたる。何かふんづけた様な変な感触。ライトをつけて僕は唖然とした。
床が一面花瓶から這い出したカタツムリでいっぱいになっていた。花瓶の方をみると、これから這い出そうとするカタツムリたちが細かく動いてお互いの殻と殻とをぶつかりあわせてカチャカチャ音を出していたのだ。
悪夢だった。
ゆっくりとしかし確実に動き回る奴ら。何百という個体が同時に動く事でネチッ、ニュチッという音が実際聞こえるようだった。もう写真どころではない。僕は箒を取り出してじゃらじゃら音を立てながら床中にいるカタツムリをはいて集めた。ゴミ袋に入れて夜中アパートの裏の木立ちの中に捨てに行った。部屋に戻ってよく見ると、床の上には這った後の粘液の筋が至る所についていて、透明のりが乾いたかの様に光を反射していた。
微動だにしなかった化石たちが一晩で命を吹き返しこんなに歩き回るなんて…。
これじゃゴダールじゃなくてヒッチコックじゃん。
今でもカチャカチャ、ネチッ、コツコツそんな音が耳について離れない。
こっちの方がよほど神秘体験だったのかも知れない。
著者プロフィール:
野村 ヨシノリ
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