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Arts & crafts CitaCita-A/C Magazine26
A/C Magazine No.26

機械と肉体のはざまの庭-デュシャンのマンハッタン:新見 隆

 

ニューヨーク、マンハッタン島は、おもちゃ箱をひっくり返したような街だ。
あの喧騒とスピード感、地下から湧いてくるボイラーの煙と湯気、そして燻したような冬のかち栗がいっしょくたになった匂いほど、無類に心躍るものもない。

摩天楼の高層ビルにすっぱり切りとられた空を見あげると、うきうきしてきて、思わず笑いだしたくなるのはなぜだろう。
周知のように、南というか今のウォール街からしだいに半島の北に向かって開発されたマンハッタン島は、その真ん中に、公園というにはあまりに奇観な、巨岩や、元の岩盤が剥きだしになった、セントラル・パークを抱える。有史以前の巨象が横たわったようなその景観もまた、マンハッタンの圧倒的な魅力のひとつだろう。この公園に、マンハッタン島が古生代にあった地形をそのまま残してある、あるいは偶然ここにだけそうやって残った、という地質学の研究報告が、最近あったという。

公園を背にした世界的な美術館メトロポリタンには、戦後のアメリカ美術のチャンピオン、抽象表現派の名作のコーナーがある。ロシア人、マーク・ロスコの部屋のとなりには、クリフォード・スティルの傑作群が、一堂に居ならぶ。ここに来るたび、スティルの切りたった巨大な画面を見あげるのだが、黒い闇の谷間が天から雪崩落ちてくるような二十世紀の崇高さを表現した画面には、いつも、戦慄を覚える。

それまで、ヨーロッパから流れてきたシュルレアリズムやダダの影響下にあったアメリカ美術が、戦後はじめて自国のアイデンティティーを獲得したのが、この一派の業績とされるのだが、大画面に展開するその虚無的で無辺の空間こそは、アメリカの大自然に初めて対したときの、アメリカ人の畏怖を表現したともよくいわれる。だからメトロポリタンのスティルの崇高絵画の前では、その空間は、すぐむこうの、セントラル・パークの古生代の地形にも、はるか彼方の、中部の大平原やグランド・キャニオンにもつながっている、と感じられる。そこには、40年代以降、アメリカの美術が自分自身に向きあったときに到達した、ニヒリズムの暗い深淵がぽっかり穴をあけている。

その構想じたい、彼がアメリカに渡るかなり前からあったとはいえ、マルセル・デュシャンの「大ガラス」はアメリカという国の、自然と風土との関係で、語られなければならないだろう。 
マンハッタンの、あの鉄とガラスによる、巨大な玩具箱。摩天楼の夜と昼の光景に、「大ガラス」が似ているといえば、あるいは短絡的に聞こえるだろうか。

たしかにそういえば、いっけん機械の姿をした真ん中から下の独身者たちが、何だか得体の知れない、フワフワ、ブヨブヨした雲のような花嫁を持ちあげているのは、20世紀の産業消費文明の権化のように光り輝く、マンハッタンの絵解きなのかも知れない。

マンハッタンは、またアール・デコの都会でもあった。
アール・デコという、1920年代にフランスで流行り、新大陸に飛び火した装飾の様式も、またやっかいで魅惑的な代物だ。これから始まろうとする、消費社会の大衆的な欲望を一身にまとって、またそれがために、きわめて折衷的で、分裂症的な欲望のスタイルだった。機械の硬質なスピード感、そして合理的な造形美学があるいっぽうで、生な原始的なもの、プリミティヴな生命の吐息や野獣の脂ぎった質感のようなものも、あわせ持っている。家具なども、幾何学的でシャープかたちのわりに、どこかアンバランスな取りあわせが好きで、真鍮のメッキと黒漆とか、鮫皮、そして縞馬の毛皮なぞでおおったソファなどをすぐ思いだす。こうしたすべてをスタイルのなかにねじ伏せてしまうような過度な装飾性が、今日では、ポストモダンのルーツとされる所以でもある。

ニューヨークのアール・デコ建築は、どれをとっても魅力的だが、産業化の時代であった30年のオプティミズムを、そのまま反映している。多くのデザイン史家の伝えるところによれば、それを受けて発生したストリーム・ラインのデザインと同じく、テクノロジーが夢見た、あり得べき未来的な空想やファンタジーが、そのまま装飾化している、と説明されている。(註1)それが、逆におもしろい。

20世紀の鉄とガラスの神殿には、マヤの神殿の装飾、あの連続する階段模様がいたるところに使われている。1910年代に、パリを席巻したロシア・バレエ団のプリミティヴで異教的な装飾性も、アール・デコの起源のひとつだ。

そう考えると、アール・デコは、装飾のスタイルではなくて、さまざまな意匠をのせて移動する、欲望の船だったとも考えられる。(註2)

デュシャンとアール・デコが、同じ時期に大西洋を渡ったのは、また奇妙な符号だったのではなかろうか。
豪奢なエクストラバガンツァとしてのクライスラー・ビルなどに、鉄とガラスでできた20世紀の古代神殿として、アール・デコが転生したいっぽうで、おそらくはアール・デコの持っていた隠された分裂症的傾向が、未来に託する謎のメッセージとして「大ガラス」のなかに封じ込められたと考えるのは、愉快だ。

大ガラスはよく知られているように、私たちが想像するいろいろな二元論的な対立を劇場のようにつぎつぎと開陳しては、消していく、それらを無限にズラせながら、あたかも二元論そのものを、永久運動化して無効にしてしまう、魅惑の試験官だ。

そして最後は、この世にはない、別の次元の物質感の方へ人間の感覚を連れ去ろうとする、不思議な構造を持っている。
すると「大ガラス」は、デュシャン的な玩物喪志なのか?

そしてそこに封じ込められた二元論的仕掛けの道具立ては、それぞれがじつに魅惑的なもの。花嫁と、独身者。生殖繁栄と、不毛な性。男性性的なものと、女性性的なもの。ヴァギナ的なものと、ファロス的なもの。科学技術と、生理現象。文明と、原始。演技者と、観客。創造と、受容。芸術と、社会。抽象と、遠近法。理性と、感情。水と、ガラス。近代の科学と、中世の錬金術。

そしてあの世と、この世、、、などである。(註3)それからもちろん、デュシャンは徹底して、自らの風土的伝統たる、ヨーロッパのカトリック文化を何とか根底から、くつがえそうともしている。
デュシャンの庭の意匠の中心は、これら二つのものを隔てる、あるいは繋ぎあわせる、境界、そしてその境界の皮膜性というか、この世の感覚を超えた、物質感である。

それは二枚合わせの鏡の前に立たされた私たち眼のように、あたかも対立すると信じていた二つのものの存在を、影と実在の関係にさえ転換して、世界と私たちじしんを繋ぎ、隔てる、被膜の奥の方へと姿を消していくのである。

その意味で「大ガラス」のもっとも神秘的で20世紀的な特徴は、それが透明で不可視の被膜であるガラスの上に、あるいは二枚のガラスの、「間=はざま」に描かれている点だろう。

大ガラスも、また、ひとつの庭である。
なぜなら、庭は自然そのものではもちろんなく、自然を見ている人間の解釈であり、またそう言いながら偶然に映し出された、私たち自身の、不可思議な魂のかたちだからだ。

牽強付会に強調したくはないけれど、私などはやはり、禅の枯山水の庭とこのガラスの庭がついついダブってしまい、畢竟、工業製品による禅の庭だと言ってみたくもなる。デュシャンはそのインタヴューのなかで、日本とか東洋的なものへの無関心をもらしているのを知ってはいるのだが。
なぜなら、禅の庭こそは、究極の、宗教的なすさび、遊びだと、言った人がいたからである。

 

 

(註1)日本で屈指のデザイン史家である、柏木博さんも、たしか、そう書かれていたと思う、そこからの受け売り。
(註2)アール・デコについての高著がある、海野弘さんに学んで、借りた。
(註3)自論がほとんどだが、これは、たしか、小林康夫さんが、日曜美術館のデュシャン特集で指摘していたことの、受け売りも多少入っているかもしれない。

*牽強付会:道理に合わないことを無理にこじつけ、理屈づけること。



著者プロフィール: 新見 隆(にいみ りゅう)

 

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