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武蔵野の面影の濃く残る、雑木林のほとりに住んでいる。かつてはサナトリウムであった、このあたりの初秋の気配は、清冽である。 この雑木林にふたつ、現在お気に入りの場所がある。ひとつは通りをへだててとなりに広がる療養所のなか、欅の大木がしげる納骨堂のそば。朝の散歩は、かならずここを通る。 いちめんに散った金木犀のオレンジ色の花びらに誘われて、つつじの生垣で柔らかく区切られた小庭のような空間に光りがさしこむ。曼珠沙華の花の、思わぬ毒のある形と色にはっとしたりもする。 療養所の裏口にあたるここは、雑木林の大きな祠というか、欅と銀杏が密生しているところで、内に長くのびる大きな並木道を視界に入れれば、ゆるやかで広がりのある結界のようなものを感じさせてくれる場所である。 光りがいつも影をともなって訪れるといったらいいか、その小空間は、小さな、誰のものでもない墓所のような感じがして、決定的であるけれども何かさだまらない、そこはかとない淋しさが充ちている。 ここからいくたび、冬の夕暮に、彼方に広がる空の裂け目を眺めたことだろう。これほど、人々の死に親しんできた小庭も、ふだんはけっしてその気楽で静謐な親しみやすさ、それぞれの樹々や木立が当たり前に持っている、日々の表情を隠すことはなかったように思われる。 私はここを、シューベルトの庭と呼んで、独りごちている。 死の年のソナタ群は、どれもが死の影に寄り添いながらも、それを親密な、はかない友として語りかける美しさに充ちている。納骨堂を、うっそうとおおう高木の梢のあいだから光がさしこむと、ぽっかりと浮かびあがるこの庭の空間色が、時には頼りなげで、それでいてけっして歌うことを忘れない、シューベルトの人間らしさにふさわしい気がする。 悲痛な叫びと軽やかな歌声がふたつながら、日々の生活にリズムのように息づいているのが、私のもっとも愛するシューベルトである。だから彼の音楽は雑多なもの、猥雑なものを切り捨て、とり除いて、自らを純化するうちにできあがった類のものではない。 とりわけ死の年のソナタでも、超越的に美しい部分があるというのが正確であって、すべてが、あるいは全体がそうなのではない。だからよけいに美しい、ということが、またある。それがあてはまる、稀有な個性がこういうかたちで存在したということだろう。 あたりまえの、在り来たりの庭ということでは、もうひとつ、自転車で数分ほどの、ちょっと離れた老人ホームの庭も捨てがたい。 こちらは痛切でなく、晴朗である点で、イ長調の庭と呼んでいる。夏に葉を刈りこんだヒマラヤ杉を背にしてベンチに座り、ちょっと低い芝生のほうを眺めると、まばらな、背の高い花水木に囲まれて、ほんの少しさらに段差をつけた小さな一画に、もう葉の色を変えてはらはらと落しているオニグルミがぽつんとあったりする。 ベンチのこちら、病棟の側には、珊瑚樹の赤い実や山萩の赤紫の花がある。樹の実や樹の花の色は、いつも樹の姿のなかに隠されていて、よくよく近づいて見てやらないと気がつかないことがおおい。敷地全体がゆるやかに傾斜しているのが、視点をそんな、ふだんは見え難いもののほうへ誘っていくのだろう。 何の変哲もない、ちょっとそれなりに手を入れた小庭だが、私にはそれがかえって、この場所を感興の尽きないものにしている。それぞれの樹の表情や配置された空間の、いわば隙間のようなものが、光により添う影のような、そこはかとない無限の淋しさ、心地よさを誘う。 ここにくれば、自然が、彼らなりの日々を持って、自分の身の丈の日常を巡っているのがよくわかる。独特の気配がそれによって醸成されて、静かで明るい、淋しさの支配する庭になっている。 光の孤独。 私にとって、シューベルトの音楽ほど、人間的なものはない。それは、日々の在り来たりの生活、そこに漂う情感や気配が、そのまま昇華されているという意味でである。彼は終生、死の影を親しい友とした。そうした恐ろしいけれど、晴朗な真実を、雑木林のふたつながらの庭を歩くときに、私は体験する。納骨堂のほとり、そして老人ホームの小庭。 何かが終わったところで、いや終わりながらもすでに始まっているというような、私たちのとなりに息づいていながら、容易に肉の眼では見ることができない、果てのない硬い空間を、シューベルトの日々の眼差がとらえている。 ウィーン郊外の森を冬に歩くと、細かな石のつぶてのような小さなものが風に舞って、身体にパツパツと弾ける。その感触でシューベルトがわかったと、長くヨーロッパにいた、年長の友人である、建築家が話してくれたことがある。いろんなことを教わって、大好きだった彼も、嘱望されたが早世して、いまはいない。 周知のようにシューベルトは、生涯その偉大な先達であるベートーヴェンの影のもとにあった。その作曲の歴史が、それを、シューベルトがいかに乗り越えようと苦しんで果たせなかったもの、と見る人もある。そして彼は、親しい友の集まりであったシューベルティアーデでしか発表の場を持たなかった。 シューベルトの庭は、日々の時間がかたちを刻む庭である。 (註)文中でのシューベルトや彼の音楽の説明はすべて、ケンプの弾いたCDのライナー・ノートにあった石井宏さんの解説のそのままのうけ売りである。
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著者プロフィール: 新見 隆(にいみ りゅう)
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