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「来るべき音楽」についてのメモVol.2

 

もう、歌うことが最後かもしれない

Jazz Vocalなどほとんど聴かない私が(だいたい、あの定番のスキャットが苦手なのです)遅れて手に入れたJeanne Leeの「NATURAL AFFINITIES」。
深みのあるデイヴ・ホランドのベースを伴い「ミンガス・メディテーション」で始まる仏OWL盤。
そのCDが終わりを迎えるころ、それまでの曲調とあきらかに変え、サンバのリズムで唄いだすAMBROSIA MAMA。

アンブロージア ママ・・・♪♪ 韻を踏みながら 軽快に、仏語がベースなのだろうが、どう聴いてもそこにポルトガル語もスペイン語も英語も混在させ、いわばクレオール語として歌っている。
キレのいいJerome Harrisのギター、曲は倍テンでアドリブになり 終わる ・・・・・・
 ん? ・・・ 珍しいことに私の手がWadia16のリモコンへ伸びている。リプレイボタンを押す。 曲が再開される。長く聴き続けてきたジーン・リーの声。

彼女にとっては軽く、軽快に・・・思えば、独Gunter HampelのWergo盤が日本に入ってきたのが1969年だったか(このLPは まだ日本楽器 渋谷店のヴィニール袋に入っている)詩を詠むような語り/歌いに新鮮な驚きを感じていた。ハンペルにブロイカー・・・共演者も良かった。その後の長い 彼女のクリエイティヴな楽歴。参加したアルバムは70枚を超える。
ジーン・リー。

歌は終わる・・・。・・・何故か、またリプレイボタンを 押している。・・・
そして、またリプレイ・・・リプレイと、続けて5回も!

こんなことがあるのだ。いや、ほんとうに珍しい。
だいたいレコードやCDを買っても、基本は一回としている。
コンサートだって、Liveだって、一回でしょう。
集中して、一回聴く。
(もちろん、翌日聴くことも、忘れたころにまた聴くことも多いが、聴く時の気持ちは一回性)
それが、5回も続けて。 何故だかわからない。 終わらないでほしいのか・・・。
とりわけ難しい曲でもなく、重い曲でもない。 軽快なサンバのリズム・・・。


そこで、出てきたのが「もう、歌うことが最後かもしれない」と。
あるいは、勝手な想像だが・・・「これで、いい・・・」と。
C’est la vie! 

anbrosiaアンブロシア、神肴(不老不死の霊薬)、詩的霊感、霊的音楽、mama
作詞はジーン・リーではなくNtozake Shange。
実は、ボッサ・ノヴァやサンバのリズムとセットになったところに「謎」があるのだ が。
(OWLの公式サイトが見つからないので、とりあえず↓)
http://www.sunnysiderecords.com/release_detail.php?releaseID=63

何故ジーン・リーから書き出したのか。
それは、8月に原稿依頼があったものの責務として・・・。
記憶しておきたい。戦後50年目の95年8月6日。広島 善正寺本堂において開催されたコンサート。猛暑のなか多くの困難を乗り越えて開催されたマル・ウォルドロンとジーン・リーにフリュートの天田透を加えたコンサート。JAZZの伝統を背負ったマルのピアノにジーン・リーがあの「白い道」を英語にして歌った。(「白い道」は生後40日で被爆した伊藤笙氏が中学生のときに綴った詩。原爆資料館に掲載。この時の録音は同年末TOKUMA JAPANからCD化『白い道 黒い雨』TKCB-70782)そのコンサートに遡ること2年、マルが原爆資料館で受けた衝撃。「白い道」に曲を付けてみたいと申し出るマル。尽力した洋実さん。そして、これを歌えるのはジーン・リーと決めていたのだろう。
「奇妙な果実」から「白い道」、「黒い雨」へ。

それから早や11年。
そのマルもジーンも、今は いない。
マル・ウォルドロン・・・。ビリー・ホリディ晩年の伴奏者をつとめ、来日も多くその後の活動は知られるとおりだが、2002年12月76歳の生涯を閉じた。
マルが他界する前。2000年10月。ジーン・リーはメキシコで亡くなった。まだ61歳だった。その逝去は日本ではほとんど話題にもならなかったが、仏Jazz magazine誌はジーン・リーの遺影を表紙にして追悼。(2000年11月号。サイトにはまだHommageが載っている)
http://www.jazzmagazine.com/Vies/JLee/Lee.htm

今年上期、音楽にからんだ追悼ということでは、どうしても記載しておきたい女性がいる。
Parisでひとり 健筆を揮っていたジャーナリスト木立玲子さん。乳がんとの長い闘いにも明るく気丈にふるまっていたが、この3月 帰らぬ人となった。ヨーロッパから発信される辛口でエスプリの効いたレポートは、凛とした彼女そのものだった。
レギュラー執筆の月刊『ラティーナ』5月号には、配信されることがままならなかったパソコン内の遺稿を含め、関係者の追悼記事が添えられている。
それにしても・・・あれはいつだったか・・・彼女の案内でサン・ルイ島に住むブリジットとアレスキーの家に伺った のは・・・・・・もう20年近く前のこと・・・・・・。 

八月のオブセッション。
いや、八月のレクイエム。

しかし・・・勿論、何かが終わったわけではない。

これじゃあ、またイントロダクションで終わってしまいそうだ。
この「来るべき音楽」についてのメモは「聴く/聴こえる」ということと「身体/脳」の関係が良くわかっていないのではないか、ということから始めているわけだが、なかなかテーマのほうが進まない。
だいたいタイトルを「・・・についてのメモ」としているのだから「気になること/留意しておくこと」の羅列でご容赦いただきたい のだが。

そんななか、Vol.1で少し予告した「われわれの耳は受信の機能だけではない?」に、新たな証言が加わった。
メディア総合研究所06年3月発行の菊地成孔+大谷能生『東京大学のアルバート・アイラー』下巻(東大ジャズ講義録・キーワード編。上巻が「青本」といわれているので下巻は「赤本」)そのなかの最後に付録的な読み物として、現在東大院生である本條晴一郎氏の「聴覚研究の歴史と展望――音高知覚の仕組みを探る」が掲載されている。

聴覚研究の歴史を19世紀半ば、オームとベーゼック論争から紹介。その後のヘルムホルツのトノトピック説(音局在説)。20世紀中期トーマス・ゴールドは、聴覚系はダイナミックマイクのような受動システムではなく、それ自体が動いている能動システムであると指摘していた。1978年にはデヴィット・ケンプが耳音響放射を証明する。
ということは、聴覚器官は受信機だけではなく発信機でもあるということだ。

詳しくは読んでいただくしかないが、本條氏自身がカギ括弧で強調するように――「ひとは自分が発している音しか聴くことができない」ことを示唆しており、すばやく書かれたであろうと思われるこの稿は、中身が濃く、貴重なものとなっている。
もちろん、濱瀬元彦氏を含む四氏をゲストに迎えた本文、菊地+大谷講義録が重要なのは言うまでもない。
蝸牛内に並んでいる有毛細胞の振動が、同期能力を持った自励振動であること、しかも有毛細胞は自分の運動形態を分岐点上に調整する機能も有しているようだ。

一方、ノイズ/雑音といわれているものに焦点をあてた研究もある。
ノイズによって聴覚を刺激しているあいだは音の感知能力が高まると、1976年タンモ・ハウトガストによってその実験結果が発表される。S/N比が低い場合(単純にいうとノイズが多い場合)は、存在しないはずの低音に対する聴きわけが可能になるということを示した。
これは何を意味しているのだろうか。
実はこのことから、私自身奇妙な体験をしたので、それは次回報告することにします。
今販売されている商品にかかわることでもあり、これじゃあダメ、と散々悪口を言ってきたCDが、多少生き返るかもしれないのだ。

 

音楽関連の出版物は相変わらず多く、この半年間で気になったものをすべて列挙したいところだが、先の『東大のアイラー』に加え、下記の2冊は留意しておきたい。

一冊は1982年以来日本とフランスを行き来している吟遊詩人ピエール・バルーがその半生を纏めた自伝『サ・ヴァ、サ・ヴィアン』(行ったり来たり)――眼を開けて夢見るものたち ㈱求龍堂‘06年4月発行。両親がトルコからの移民ではじまる本書は、写真も多く、出来ればSARAVAHレーベルの音源を聴きながらだと、いっそう楽しめる。
http://www.kyuryudo.co.jp/PS23.htm

もう一冊は、佐々木敦の6冊目となる『(H)EAR』――ポストサイレンスの諸相 ㈱青土社‘06年7月発行。<聴く>とは何か?<音楽>とは何か?を、音響と聴取の狭間で問い直ししている。 本人のあとがきにもあるように“・・・「即興」の問題の「つづき」が、まだ取り組むべき課題として残っている・・・”
http://www.seidosha.co.jp/index.php?%A1%CA%A3%C8%A1%CB%A3%C5%A3%C1%A3%D2

これはまた「偶然」と「必然」の問題にもからみ、たとえばFREE JAZZなどと売り場で安易に区分けされている「FREE/自由」の問題でもある。年末には出版されるかもしれない大澤真幸氏による待望の『<自由>の条件』(講談社)とも合わせて、今後の佐々木氏の活動に期待したい。

そして今回 唐突かもしれないが、この 走り書きで終える。
今年4月。10年ぶりに再来日したジャン=リュック・ナンシー。滞在中5回の講演・討論会のなかで、4月15日東大駒場学際交流ホールで開催されたタブルロンドが示唆的であった。
ナンシーが「無-無神論」と題して講演後、鵜飼哲、小林康夫、西谷修、増田一夫、湯浅博雄の5氏が討議に加わった。200人ほどの会場は満席。
長時間の討議の後、質疑応答へ――

会場から最後の質問者:(直感に関する質問の後)世界の外部にある意味へと開かれることとは神の働きや摂理のことを指すのでしょうか?
J=L・ナンシー:(私は直感という言葉を好んでは使用しません。用心しています。)意味とは他のものへの絶えざる送り返しのことです。(レヴィナス『存在するとは別の仕方で』の末尾を引きながら)意味づけがなされる場合、意味は覆われてしまいます。意味づけがなされないならば、さらに何かが到来し、意味や価値を与えることが出来ます。 
何も覆い隠されないからこそ、あらゆるものは新たに、それぞれの場所に然るべき仕方で向うことが可能なのです。それゆえ、外部とは意味の全体を超過するものであり、意味以上の果てしない意味を持ちます。それはあらゆる意味づけの振る舞いを超過するものであり・・・今一度言うと、それは音楽や歌に似たものなのでしょう。――今日は本当にありがとうございました。

その時ナンシーは、明らかに初めて穏やかな表情(まるで救いを見つけたかのよう)になっていたのを、近い席の私は 見逃しはしなかった。

討議の翻訳は『水声通信』2006年8月号 特集ジャン=リュック・ナンシー

気になって二日後、日仏会館で行われた講演会にも足を運んだ。ここも300人を超える参加者で満席。哲学がこんなに人を呼ぶとは・・・。後半の質疑応答では、会場から宇野邦一氏、合田正人氏らの質問もあり活況を呈した。終わってロビーで友人と話していると、取り巻きと一緒に出てきたナンシー氏。来日にあわせて出ていた新刊書にサインをいただくことに。ノリ・メ・タンゲレ『私に触れるな』(未来社)なのだが、握手toucherで感謝を。心臓移植しているとはとても思えない初老の哲学者が、この先も健在であることを祈って。

‘06.Aug.20. H.IZUMI

P.S.
アップリンクから発売されたDVD 『LISTEN/ECOUTE』(「聴く」ことの貴重な証言集)について語る余裕がなくなってしまった。ケージやクセナキスも登場する。
http://www.uplink.co.jp/cgi-bin/shop.cgi?action=detail&cat_key=1&id=859


著者プロフィール: 泉 秀樹(いずみ ひでき)

 

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