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1995年、荒川修作が岐阜県養老町の1万8000平米にもおよぶ敷地に「人間の意識の発生の場」として『養老天命反転地』を構想実現して大きな話題となってから、10年あまり過ぎた昨年10月、『三鷹天命反転住宅』が完成した。それは、美術界での前評判ばかりではなく、ニュースでも報じられるような出来事であったが、あくまでも個人が購入して住むことを前提にした住宅であり、自由に見学することはできないためにそれほど多くの人が実見する機会を得てはいないだろう。 かくいう私もNHKのニュースでその室内が映し出されるのを見て一度ぜひ足を運びたいと思いながら、それが実現したのはつい先頃のことであった。JRの三鷹駅からしばらくバスに乗って最寄りのバス停を降りると、大きな交差点を挟んだ斜め向こうに周りの空気を一変してしまうほどに何色もの鮮やかな色彩と、キューブと円筒を組み合わせたユニークな形態の建物が視野に入る。その3階建ての集合住宅は遠目にもいかにも明るく楽しげな開かれた場所のようであり、もしそうと知らなければ、住宅というよりもむしろ子供が集う施設なのではないかと道行く人は思うだろう。実際幼稚園と勘違いして迷い込んでくる人もいるという。
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はじめに玄関横にあるインターフォンが斜めに傾いていることに注意が向く。反射的に手で水平に戻そうとするが、それは戻らない。意図して斜めに取り付けられているのである。カメラ付きのものなので、チャイムのボタンに手を置くと、無意識的に顔が斜めに傾き、はっと我に返る。そしてドアを開けると猶予なく、まさに「養老天命反転地」のようなデコボコと起伏のあるザラザラとした床面を足の裏で体感することになる。 床はさらに部屋の向こう側へとゆるやかに傾斜している。その空間の中央には、変形した流線型のカウンターがあり、そこにはキッチンの設備が備わっている。1段床が下がったそのカウンターの中に立つことは、この家の中心に立ったことに等しい、という構造になっている。3LDKの家には、それを取り巻くように3つの部屋とシャワー+トイレの空間が置かれている。 |
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ひとつ目の部屋は、和室である。といっても板敷きの部屋の中央に特注された円形の畳が敷かれ、窓際の床部には玉砂利が敷かれている、といった唯一無二な部屋ではあるが。ここでも自然に人は円形の畳の中央に仰向けになることを誘われ、やはりこの部屋の真ん中にいることになる。 「スタディ」ルームとされている2つ目の部屋はすっぱりと浅い椀をはめ込んだような形状で、当然のことながらまっすぐ立って進むことはできない。その形に沿うように身を委ねると、部屋にいるというよりも大きな容れ物の中に包み込まれているような錯覚を覚える。子宮の中にいるとでもいったような。 |
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そして「寝室」とされている3番目の部屋は唯一水平な板敷きの部屋である。カラフルな床と壁、屈まなければ届かないほど極端に壁の下側についたスイッチなどが普通の部屋とは言いがたいが。 一方シャワー+トイレの空間には、透明なシャワーブースがはめ込まれている。その中に入り、腰かけてみると中央の部屋と三方の部屋が見渡せて、そこでも自分が中心であり、自分の身体の延長としてこの空間があることが強く意識される。 ここには玄関の扉以外、いわゆる扉というものがない、と思って上を見上げたところ、この家には場違いな、ノブのついた普通の木製のドアが天井と水平に張り付いていた。かつて美術館で81点の《意味のメカニズム》を展示した時作家の指示で、中央にネットが張られたまさに卓球台を模している1点を天井に展示したこと。また畳に卓袱台という典型的な和室を、そっくりそのままシンメトリーに天井にも再現したことが思い出された。ひとつの家に使っている色は14色とも聞いたが、そこここに鮮明な色が隣り合い溢れている。しかし意外なことにそのことによって神経が逆撫でされたり、気持ちが休まらない、といったことはまったくなく、目は程なくその空間になじんでしまう。「8色以上の色を一度に見ると目が中和される」とは作家の言のようである。
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さらに3階から急な梯子を登ると、そこには植物が植えられた空中庭園があり、危険なまでに柵など遮るものを最小限にすることでみごとにスポンと四方に開けた空間がある。 (2006年4月) |
著者プロフィール: 中村 麗(なかむら うらら)
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