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これで連載の3回目となるが、第1回、2回ともにふたつの美術館を対比し、結びつけて記してきた。できれば同様な形式で、この連載を完結したかったのであるが、11月に旅行でも仕事でもなかなか出向くことができない場所に行く貴重な機会を得たので、テーマからあまりに大きく逸脱しないように留意しつつその体験をふまえてレポートすることにした。その場所というのは、バルト三国のひとつラトヴィアの首都リガである。
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去る11月10日から12月30日まで、リガにあるラトヴィア自然博物館(Natural History Museum of Latvia)において『雪と氷との対話展-芸術と科学における観察とイマジネーション』が開催されている。本展は、2回目の連載でもご紹介した雪と氷の研究で知られる世界的な物理学者・中谷宇吉郎(1900-62)の業績に焦点をあてながら、氏が幼い頃から自らの中に育み、研究の信条ともしていた「観察とイマジネーション」-芸術と科学双方にとってどちらも必要不可欠なのものである-の在り処をポリフォニックに探ってゆく展覧会である。そこではまた、中谷宇吉郎の雪の結晶の研究から触発を受けて、新たな作品を制作したカールステン・ニコライ、高谷史郎、曽根裕、といったアーティストの作品展示に加えて、中谷芙二子が会場内で霧の作品を展開している。 |
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博物館は旧市街と呼ばれている地域の端に位置していた。博物館という名前からは少し拍子抜けするようなビルの一階の目立たない場所にその入り口はあった。もっとも、実際博物館の常設部分を見学すると、間口からは想像もできないような何層にもわたるスペースに、珍しい動植物の剥製や標本が並び、さらには子供が参加し、体験することができる魅力的な装置が随所に見られたことには、子供でなくても大いに惹きつけられたが。今回の展覧会はその2階部分の企画展示スペースで行われている。通常ここで行われる企画展が、毎日生のキノコを採取してきては展示するような、自然とじかに対峙してフィールドワークの成果を見せる、品評会的な要素も兼ね備えたものであることが多いということを考えると、この博物館にとって今回のような現代美術も交えたコンセプチュアルな展覧会は、カルチャーショックになるほど画期的なものであったに違いない。
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かくいう私は、この展覧会にかかわり、僅か5つの情報だけで十分すぎるほどにイメージを膨らませて、リガという街に降りたった。ひとつはリガというよりもラトヴィアが、であるが、フォークソングのふるさとであること。第2に、リネン製品が豊富なこと。第3にこの街は1997年に全体が世界遺産に指定されたこと。第4として、『戦艦ポチョムキン』の作者として知られモンタージュの手法など、映画の近代を築いた映画監督エイゼンシュタインの出身地であり、その父である建築家・ミハイル・エイゼンシュタインによるユーゲントシュティール(アール・ヌーヴォー)様式の建築群が遺されている街であること。第5として、哲学者エマニュエル・カントの三批判のひとつ『純粋理性批判』が初めて出版された街であること。ちなみについに1ページも開くことができなかったが、旅行鞄には、中谷宇吉郎の随筆集(岩波文庫)と『カント』(熊野純彦著)を密かに忍ばせていた。
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1771年にカントの本が出版されたという事実から、この街を逆照射することが可能である。当時リガは主要なハンザ都市であり、ドイツ人の居住区としてドイツ文化の重要な担い手であった。そこは精神的に自由な土壌が生まれ、ロシア文化との接点ともなっていた。カントはこの特異な地域と民族に対して尊敬の念を持っていたといい、ここで本が出版されたのは決して偶然ではない。しかし一方でセルゲイ・エイゼンシュタインの少年時代の記述を読むと、リガという街については具体的にほとんど触れられることなく、ドイツ系ユダヤ人であった暴君の父親との葛藤による暗い日々とこの街が重なるだけである。そのような中で、父親にサーカス見物に連れ出されたこと、そこで密かに道化に興味を持ち、それが後に演劇への関心へと結びついたということが描かれている。実際博物館の近くでは今もサーカスが興行を繰り広げていた。今回の滞在でカントについてはいかなる痕跡も見つけることはできなかったが、エイゼンシュタイン(父)の建築を目の当たりにすることはできた。当時はひとりの建築家がひとつの通りの建築を任されることが多かったといい、その建築群はひとつの通りに林立していた。エイゼンシュタインの建築だけでなく、遺されている建築の多くは過剰なまでにも装飾的であった。ソ連時代の荒廃をへて、現在は着々と修復が進み、おそらく元よりも鮮やかに着彩されることである種のなまめかしさを顕示していた。そこでは先日横浜トリエンナーレの帰り道、きれいにリノヴェーションされた古い石造りの建物と華やかなイルミネーションの間を通り抜けながら感じた、一種「地に足のついていない」街並への違和感、と近似するものがあったことが思い出された。 カント、エイゼンシュタインといったリガをめぐるイマジネーションの源の中に、今度新たに中谷宇吉郎が加わったことで、美と術と館といった枠組みなど悠々と飛び超えてしまうミクロでマクロな世界が今、少々の混乱とともに目の前にたち現われている。 青ぞらのはてのはて |
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著者プロフィール: 中村 麗(なかむら うらら)
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