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<テクノクラート法王が生まれたバチカン>4月24日、第265代ローマ法王に、ドイツ人ヨゼフ・ラツィンガー枢機卿が就任した。ドイツ人法王誕生は950年ぶりということだが、カトリック保守派の切り札と言われた新法王が、やはりドイツ人であるという出自ばかりが、話題となっているようだ。 ドイツというと、ゲーテや、トマス・マンなどを生んだ文芸大国とは言いながら、重厚長大な技術を背景とした近代的なテクノクラート国家を連想する。 神秘的で精神性の高い宗教界に、ドイツ人法王のイメージは、どこか相容れないものを感じてしまう。 一方、法王選びの舞台となったシスティナ礼拝堂に眼をやれば、そこにはルネサンスを代表するミケランジェロの「天地創造」が燦然と輝いている。 ルネサンス期の建築や彫刻などの作品群は、今や芸術というカテゴリーに収まっているし、イタリア人のこれらの偉業を、人生を謳歌するロマンチックな夢想から産まれたものと見ることも出来るかもしれない。 しかし実際のところ、あのカトリック教会の尖塔の建造を可能にし、見事なブロンズ彫像の制作を可能にしたものは何なのか? 見逃されやすいことではあるが、実はイタリア人こそは、人類史上稀に見るテクノクラートだった。 ルネサンス建築の建造を支えたのは、豊富な力学的な知識、そして巨大な木製クレーン。 人間復興の美を刻んだ彫刻や絵画の傑作は、解剖学的な探求と詳細な科学的な観察に基づいた、深い人間理解の賜物だ。 現代の我々にとって「テクノロジー」と「アート」とは、まるで別のジャンルであり、ともすればお互いに対立する概念として捉えられることが多いのだが、ルネサンスの頃、この二つは、むしろ一体のものとして探求されていた。 <見えないテクノロジーは進み続ける>目を移せば現在は西暦2005年、世は春、「IT長者」の時代である。 世間の下馬評をよそに、ライブ・ドアとニッポン放送の仕手戦は、多くの謎をのこしながらも一定の決着を見た。 ルネサンス期のテクノロジーの先端は「彫刻」「教会建築」「印刷技術」を産んだ。 産業革命期には「蒸気機関」「紡績機」「鉄道」が生まれた。 現在、最先端で我々の時代をドライブしているのは「IT技術」である。 「携帯電話」「ブロードバンド通信」「デジタル放送」などのテクノロジーが、われわれの時代の牽引役なのである。 しかも、コミュニケーション技術という総体において、人類史上例の無い大変革期にあると言っても、過言ではないだろう。 少なからずメディアに関係する人間が持つ感想としては「大変な激動期にはいった」ということになっている。 しかし一般的な感覚としては、「日本経済の不調」「世界的なテロ不安」といったものと同様、どこか漠然としている。 「IT革命進行中」という感覚はあくまで「バーチャル」なものにしか感じられない。 それもそのはず「IT革命」は目には「見えない」ものなのだから。 「建築」「飛行機」「道路」などというものは、実在物であり、当たり前のことだが「目に見える」ものだ。しかし、「ブロードバンド回線」「IP電話」「デジタル放送波」などというものや、あるいは「インターネット証券取引」「ネット・オークション」のたぐいは、すべて目には見えない電子的な記憶装置と電磁波の中の「記号のやりとり」でしかない。 実態のないものであり、手でつかまえたり、登ったり乗ったりもできない。 しかし、そのとらえどころのない「IT」の総体こそが、我々の世界を大きく変えようとしているのである。
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