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麹谷さんの遊び(ゲーム)
村松 友視
日本人が酒を飲もうと思い立つ理由について、”一時二友三肴(いちとき・にとも・さんさかな)”などという言葉が使われたりする。正月、節句、誕生日、その他何かの記念日つまり”時”を理由に飲む、友だちがたずねてきたからまず一杯、到来物の肴が手に入ったのに一杯やらぬ手はない・・・というわけだ。これに対してイギリス人が酒を飲む理由について記した本があって、その第一に”乾き”というのがあげられていた。この大雑把な対比からも、日本人が酒に向かうときの、単に喉が乾いたからというのではなく、酒を飲むことに物語をからめようとする傾向を察することができる。それは、日本人らしいゆとりから発する、一種の遊び(ゲーム)感覚だったのだろう。 |
ところが、ゆとりを失いつつある日本人は、そういう遊び(ゲーム)をこなす歓びを忘れてしまった。そんなことを思っていた矢先、ある店で麹谷宏さん作の、分厚いガラスのワイン・クーラーに出会った。麹谷さんの遊び(ゲーム)もここまできたか・・・と、私は快哉(かいさい)を叫んだ。卓上にしつらえられたワイン・クーラーを風景に見立て、そこから取り出す分相応のワインをたしなむ贅沢な遊び(ゲーム)は、いかにも日本人的ではないか。
ワイン・クーラーの中に透けて見えるボトルのラベルを読むため、大袈裟な手つきで老眼鏡をかける初老の男の佇まい、氷でくもったワイン・クーラーにそっとて掌を当てる中年女性の横顔、ボトルが入っていない卓上の置物としてのワイン・クーラーが反射する蝋燭の炎の反射など、さまざまなけしきが、浮かんでは消えた。私はすでにそのとき、ガラスのワインクーラーの我が家における遊び(ゲーム)についての、こと細かなシュミレーションを始めていたのである。 |
 
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コーちゃんのアート
和田 誠
麹谷宏君は一流のグラフィック・デザイナーだけれど、近年は「ワイン通」として知られている。
ワインが好きな有名人は、よくワイン通とおだてられて雑誌のグラビアなどに登場する。ぼくはコーちゃん(親しい仲間は麹谷君をそう呼ぶ)もその一人だと思っていた。
しかし彼は生半可なワイン通ではなかった。ワインを味わう趣味人として、ワインに合う料理を見定めるグルメとして一流であるだけでなく、ワインの歴史、ワインの地理、ワインに関する文化人類学を学んで、そっちの方面でも権威になってしまったのだ。
その上、ワインを商業的に広めることにも力を貸した。ボジョレ・ヌーヴォーの解禁日が日本にこれだけ浸透したのも彼の発言に負うところが大きいのだが、それも彼の功績の一つの例に過ぎない。 |

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一流のワイン通であるコーちゃんの言動は、必然的に日仏交流に役立っている。彼がフランスからいくつもの称号や勲章を授与されているが、そのいい証拠である。
このままワインの権威としておさまってしまうことも、彼には可能だろう。しかし、クリエイターとしての情熱が、コーちゃんをさらなる行動へと駆り立てている。
それは当然、創作することである。そして彼の骨肉ともなっているワインへの想いが、作品に反映しない筈はない。
彼の情熱はシャンパン・クーラーに向かった。基本的にはシャンパン・クーラー は日用品だが、彼はそれをアートに変容させたのである。
好みのシャンパンクーラーが欲しい。それが見つからないから自分で作ろう。そういう趣味人としての心の経過に加えて、クリエイターとしてアートを生み出すことの喜びが一体となったのが、彼の作品群である。
ガラスに目を向けたのも彼らしいし、同じガラスならムラノ島で、という本格派志向も実に彼らしい。
コーちゃんの作るシャンパン・クーラーはフォルムが美しい。色彩も素晴らしい。手ざわり、重み、すべてを包括した存在感が、心を豊かにしてくれる。
しかも、観賞するだけではなく、使うものだということが、また嬉しい。日常の暮らしの中にあるアートとして、第一級のものでもある。
ここから取り出された冷えたシャンパンが、いつもよりおいしく感じられるのは、言うまでもないだろう。 |