■CLOSEUP
新見 隆については「CLOSEUP」をご覧ください。
行動そのものが、思想だった古代。肉体そのものが、美だった時代。エジプト少年を愛した。マルグリット・ユルスナールが、晩年メイン州の島で書いた『ハドリアヌス帝の回想』。人間が生死のはざまを超えて、宇宙と呼吸しあっていた。そんな古代が、どのページにも息づく。生涯に一冊でいいから、とんでもない本を書きたい。旧作だが、ユルスナールが呼びよせた人形。
H38cm ¥35,000
ラウル・ハウズマンのパートナー。「ダダ人形」を作って、手にもって踊った。コラージュが、もっとも上手かった人。もとはテキスタイルのデザイナー。世界を切りとる女神。最初の人形は、同僚で姉貴分、岡部あおみさんにあげた。去年のヘッヒ展を機に、再作。武蔵美の視覚伝達デザインを出て、美しい装丁をやる、西尾さんにもらった布とビーズを使う。箱は、コーネル。コラージュは、ヘッヒ。そして人形はクレーで、畢竟、エピゴーネンたるを逃れられない私がいる。
H30cm ¥84,000
パリにやって来た、アメリカ人変種、というのは、ガートルード・スタインご同様。20世紀の貴種流離譚のごたぶんにもれず、大レズビアン。男装の麗人、として知られた。ロシア・バレエ団の美女で愛人、イダ・ルビンシュタインや、ジャン・コクトーをよく描いた。アール・デコ的キャンプ。
忘れられたアール・デコ画家にして、ダヌンツィオを虜にした、ポーランド美女。摩天楼を背景にした、ロボット的アンドロギュヌスたちを、湿った鋼のような肌合いで描いた。三流画家とされるが、ポスト・キュビズムのアンドレ・ロートの弟子。社交界の寵児として、ニューヨークに流れつき、やがてハリウッドを経由して、ニューメキシコで死んだ。パリのアトリエは、マレ=ステヴァンス設計の秀逸なインテリア。
H26cm ¥35,000
この二年間、私はまったくシューマンの引力圏にあった。繰りかえし、繰りかえし、飽くことなく、日々聴いた。豪壮と繊細。晴朗と韜晦。光の木漏れ陽と、夜に天を龍のように駆けまわる、冬の夜の稲妻。そうした徹底して切り裂かれた二面性が、私をとらえて離さなかった。身体ぜんたいで、彼を理解しようとした。そしてやがて、「謝肉祭」のコーダのなかに、彼の最後の狂気までも、見えるようになった。
H20cm ¥35,000
ショパンは別格だが、シューベルト、シューマンを経過して、じつに長いことかかって、私はロマン派の大成者、リストまでたどり着いた。十年がかりの、音楽体験だった。自分のロマン派的体質を、内がわから、鋼のように鍛えあげる年月だったと理解している。リストのとっかかりにきて、彼のなかに見たのは、ロマン派の痙攣的な麻薬のような陶酔でなく、深く静かに息づく、諦念に似た寝息だった。前作は、畏友の写真家、今道子が買ってくれたので、再作。ただこれも、リストらしく、鍛えなおしたい。
H36cm ¥35,000
死とエロスに殉じた宿命の画家といわれるが、クリムトとともに、ハプスブルグ朝が倒れた、一九一八年に二十八歳で夭逝した。痛々しいまでに、捩じれた肉体。苦悩しのたうつ人間と、死の淵に沈んだような、町や樹々。自意識のなかの、生命の危機。グラフィックな天才を発揮した、モダンな火花を散らした。
H21cm ¥35,000
「アーサー・サヴィル卿の犯罪」の、狂った美意識。凍りつく淋しさ、童話「幸福な王子」。男色で投獄。「獄中記」は高校時代の座右の書。死ぬ前にカトリックに帰依。三島由紀夫のワイルド論はすごい。エプスタインが彫ったぺール・ラシェーズの墓は、両性具有の飛ぶスフィンクスだ。何故か、亡命中の上海で「支那革命外史」を書く北一輝にダブる。
H29cm ¥35,000
真に透明な寂寥を、持っていた。死と隣りあわせの孤独。亡き建築家の豊田さん曰く。ウィーンの森を冬に歩く。木枯らしで小石が飛んできて、体にパツパツとあたる。痛くはない。ただ、自然を感じるだけ。これがシューベルトだと。
H24cm ¥35,000